その姫、再起1/3
“悪魔のピストル”を撃つ練習の時、私は一度も的を外す事なく、この厄介な銃を扱う事が出来た。
なのに、なのに……。
此処に来てまさかのギャグパートになるなんて……!!
「先が思いやられる……っ」
私はバッキンガム宮殿の一室で、椅子に座っていた。
否、後ろ手に手錠をされて、縄で括り付けられていた。
何故か。……ピストルがことごとく狙いを外し、アッシュに立ち向かうどころか、あっさり捕獲されたからである。
威勢良く向かって行っただけに格好悪さが半端ない。
と言うか何故当たらなかったの。
何なのあのピストル反抗期なの?
うなだれている私の耳に、隣りの部屋から会話が漏れ聞こえてきた。
「陛下、聖なる炎による大地の救済が始まりました」
アッシュの声だ。
女王に言っているのだろう、か細い少女の声で返事が聞こえる。
「いよいよですね陛下…。我々の目指す白き誇りに満ちた新世界の英国が、」
彼の声を遮って、女王の苦しそうに呻く声がした。
「パリから帰られてから御身体が思わしくない御様子ですが…」
「アッシュ、ねえ、診て頂戴…痛いのよ…」
弱々しい女王の言葉の後、アッシュは具合を診ているのか暫く沈黙が続いた。
私が耳を澄ませていると、再び彼の声がした。
「私が浄化して差し上げましょう」
すると、「いやっ!」と、女王が声を上げた。
「あの人の身体はそのままとっておいて。あの日のままに、とっておいて……」
聞こえる二人の会話に、はっとした。
もしかすると、亡くなったアルバート公と繋げたと言う彼女の身体に不調を来しているのだろうか。
「あの人に浄化は必要無いの。そのままが素晴らしいのよ。…どうにかしてアッシュ。あの人を助け、」
懇願する声は、そこでアッシュの冷ややかな声に遮られた。
「臭う……。不浄、ですね」
続いて、此方へ向かって来る足音がして扉が開いた。
冷えた表情で部屋に入ってきた白い執事は、私を見下ろし坦々と告げる。
「行きましょうか、リユ スズオカ」
「…?どこに、…っひ、わっ!?」
唐突に細剣を抜き、アッシュが私を縛っていた縄を切り捨てたのだ。
手錠をしたままの私は、純白の翼を広げた彼に腕を引かれ、部屋のバルコニーへ連れて行かれる。
遠方にあるロンドン街中の夜空が、炎に染まっているのが見えた。
宮殿からは距離があるにも関わらず、微かに焼けるような臭いと熱気まで流れてくる。
つい呆然とその景色を眺め、私は突如腹部に感じた衝撃に目を見開いた。
「っ……!!」
細剣の柄を打ち込まれたと気付いた時にはもう遅く。
その場に膝をついて、私はそのまま気を失った。
……熱い、……それに、焼け焦げる臭いがする…。
朦朧とする意識の中、誰かの声が途切れ途切れに聞こえてきた。
「 ――の少年が――に戻って ――――どうです?この眺めは?」
……ああ、これはアッシュの声だ…。
どこか楽しそうに、誰かと話して……。
「1666年 ――大火に比べ ――――回りが遅い ―ですね」
静かな声だ……。
高揚したアッシュの声とは対照的で、私のよく知った、……でも、どこか違う声だった。
どこか悲しげなこんな声音は、“彼”らしくない……。
次第にはっきりする私の意識は、今度はしっかりとアッシュの言葉が聞こえてきた。
「そうなんです…。不浄も悪徳も、一度こびり付いてしまうと、それを根絶やしにするのはとても骨が折れる。ですが、この炎が全てを焼き尽くした時こそ、清浄な大地に、待ち焦がれた扉が現れるのです。
…我、開かん…新世紀の扉……。」
体の感覚が徐々に戻ってきた。
固い所に横たわっていた様で、うっすら目を開ける。
どうやら此処は建物の屋上で、火の粉の舞う赤い空が近かった。
手錠は外されていたが、こんな所では逃げ場もない。
私のすぐ側にはアッシュが背を向けて立っていた。
そしてそこから少し離れた所に、もう一人。
漆黒の燕尾服を身に纏ったその姿は。
「…セ、バス…チャンさん……?」
痛む上体を起こす私に、生気の無い紅茶色の目が向けられる。
「どうして…、シエルさんは……?」
なんで、此処にいるの。
なんで、そんな顔で黙ってるの……?
私の困惑に、答えたのはアッシュだった。
「彼ならあちらですよ」
楽しそうに目を細める彼が見下ろす先には、シエルと、そしてバルド、メイリン、フィニの姿があった。
使用人の皆は、自我を失いロンドン中に炎を噴くプルートゥを、何とか止めようとしていたのだ。
シエルは表情を歪ませて、この火事を引き起こしたプルートゥを見ている。
いつもなら、セバスチャンに命令すれば解決出来る事なのに。
その執事は今、彼の隣りに居ないのだ。
するとアッシュが声を上げて笑い出した。
「主人の為に私に戦いを挑んだ貴方が、今では主人の悲劇を此処でこうして、私と共に眺めているなんて…」
「主人の命令がなければ、私が動く事はありません。そして…今の私に、従うべき主人はいない」
「………っ、」
暗い顔で淡々と言うセバスチャンに、私は息を呑んだ。
「……シエル、さんを……っ、見捨てたんですか…?」
立ち上がった私は俯いたまま言葉を絞り出した。
「主人がいないって、どういう事。あそこに、居るじゃないですか……」
セバスチャンは私を葬儀屋に預けた時、シエルも放置して来たのだろうか。
シエルが眼帯を付けているところを見るに、契約が解消された様ではなさそうだけれど。
でも――。
「言ったでしょう。今の私に従うべき主はいない、と」
ただ静かに宣う彼の言葉に、私は唇を噛んだ。
こんなの、あんまりだ。
契約を解消するでも、魂を取る訳でもなく。
中途半端に捨て置いて黙って見ているなんて。
沸々と憤りが込み上げてくる。
†
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