眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
その姫、乖離3/3

結局私は、まる一日を彼の店で過ごした。

シエルとセバスチャンの事は気になって仕方なかったけれど、今からフランスに戻る事なんて出来ない。
それにアンダーテイカーから、女王はパリから帰って来たのだと聞かされた。

そしてシエルは必ず此方へ帰ってくるから、彼に会いたいならそれまで待てば良いと、そう諭されたのだ。


「キミがこのまま此処で暮らすって言うなら、小生はそれでも構わないんだけどねえ」

そう言われた時、正直気持ちが揺らがなかった訳じゃない。

気を失う前に聞いた、セバスチャンの言葉。

“ただ弱さを舐め合うだけの存在など、坊ちゃんには必要ありません”

確かにその通りだと思った。
私はシエルが揺らいでいる時に、本当に復讐を止めて生きたいのか、それとも気の迷いなのか、しっかり向き合って話を聞いてあげる事もしなかった。

けれど本当はちゃんと分かっていた。
あの、シエル ファントムハイヴと言う少年には、復讐を遂げてその魂を悪魔に渡す選択しかない事を。

残酷でも愚かでも私はシエルが迷った時、復讐出来る様にするべきだった。
今までずっとそう思っていたのに、死ぬ事を促すようなそれが土壇場で怖くなって何も言えなくなったのだ。

その結果がこの状態では、本当に私はどうしようもないままだ。


夕陽が沈む少し前、私はトランクに詰めていた服に着替えた。
それは、初めてこの世界に来た時、唯一私が身に着けていた元の世界のもの。

「覚悟は決まったのかい?」

カウンターに頬杖をついたアンダーテイカーに問われる。
私はしっかり頷き返した。

「はい。頭はちゃんと冷えました。……葬儀屋さん、色々とありがとう御座いました」

深く頭を下げて礼を述べる。

「一先ず、御屋敷に行こうと思います」

「なら、馬車は呼んであるからそれで行くといいよ」

「……すいません、お世話になりっぱなしですね」

「また遊びにおいで。キミならいつでも歓迎するよぉ」

「ありがとう御座います。さようなら、葬儀屋さん」

笑顔で手を振る彼に、私はもう一度頭を下げて店を出た。


馬車が屋敷に着いたのは夜中だった。

暗い森を抜けて屋敷の方角へ馬車で近付くごとに、何かが焦げるような臭いと空気が揺れているような感覚がした。
じわじわと不安を駆り立てられる。
馬車の窓から外を見ようとしたところで、御者が声を上げた。

「お客様……!!」

馬車が止められ、私は外へ飛び出した。

「どうしたんで、…!!」

前方に広がる光景に一瞬息が止まった。
数十メートル先、ファントムハイヴ邸の建つ敷地と周囲の森が、赤々と炎を噴いて燃えていた。

「……っ、」

「お客様!危険ですよ…!」

私は御者の制止の声を振り切って、屋敷へ駆けていった。


「…!! バルドさんっ!メイリンさんっフィニっ!」

邸の前で、慌てふためいている見慣れた姿を発見して私は叫んだ。

「「「リユっ!?」」」

「みんな無事でっ…、タナカさんは?」

「タナカさんも無事ですだよ。それよりリユどうして此処にいるだか?坊ちゃん達はどうし、」

「シエルさんもセバスチャンさんも帰って来てないんですね?」

メイリンの言葉を遮って言うと、バルドに肩を掴まれた。

「話は後だ!とにかく火を何とかしねえと!」

「僕、水持ってきます!」

フィニがその場を駆け出す。
その時、プルートゥの吼える声がどこからか聞こえた。

「この火、プルートゥの仕業なんですか!?」

バルドとメイリンは困惑した表情で答えた。

「森の方から少し見えただけなんだけどよ…」

「なんだか様子が変ですだよっそれにプルプルの背に誰か乗ってたような、」

「分かりました、私プルートゥを探します。バルドさんメイリンさん、此処はお願いします…!」

「あっ、おい!リユ!」

私は二人に背を向け、鳴き声の聞こえた方へ走った。

森へ入った途端、炎の熱さと煙りのせいで前に進めそうにないと思い知らされる。
けれど、目的の人物は向こうから現れた。
炎の中から歩いてくる白い衣装の男性。
女王の執事、アッシュ ランダースだった。

「こんばんは、リユ スズオカ」

状況に似付かわしくないゆったりとした足取りでアッシュがやって来る。
私は懐からピストルを取り出した。

「おや、伯爵は御一緒では無いのですね」

「……彼は、必ず貴方達の所に来ますから。……私も、訊いて良いですか?女王とアンジェラさんは宮殿に?」

するとアッシュは微笑を浮かべた。

「貴方を宮殿へ招待致しましょう」

真意の分からない言葉に、私は眉を顰めた。
すると彼は子供に言い聞かせるような穏やかな口調で言う。

「何事にも相応しい順序と場所が存在するのです。勿論、穢れた存在である貴女を浄化するに最も相応しい場所もね」

「大人しくついて行くとでも?」

「手荒な真似はしたくはありませんが…。貴女の不浄のピストルと、私の神聖な剣、どちらが勝るかお教えしましょう」

私は、躊躇う事なくピストルの引き金を引いた。



(これで最期になるのなら。)(もう一度、シエルに会って伝えたい)(漆黒の燕尾服の悪魔にも。)


(炎が焼く夜空に、悪魔の銃声と天を裂く剣の音が響いた)
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