眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
その姫、乖離2/3

誰かが、眩しい程に真っ白な世界で蹲っている。
小さく体を丸めて、その眩しさから身を守ろうとするように。

……ああ、こんなに明るい世界でも彼一人では生きられないんだ……。

弱さを浮き彫りにしてしまうこの世界では、あの人を守るのは闇の暗さと深さだけだ。
そしてその場所に行くには漆黒の燕尾服を着た悪魔の手をとらなくちゃならない。

結末は、何も遺(のこ)らない永遠の闇を約束されたバッドエンドだけだとしても。

……ハッピーエンドに変える方法なんて存在しないと私は最初から分かっていたのに。
なのにこんなにも苦しくなるなんて。

愚かだ、と、誰かが冷たく嘲笑した。



香ばしい焼き菓子の匂いがした。

「…………?」

靄のかかる意識が次第にはっきりして目を開ける。
と、私の視界いっぱいに広がるニヤけた笑み。

「ヒッヒッヒ…グッドモォ〜ニ〜ング〜」

「…っひ、ぎゃあぁっ!?…痛ッ!!?」

思わず悲鳴を上げて仰け反ると、ゴンッと頭の天辺が何かに激突した。

「〜っ、いったぁ……」

「ブフフッ、朝から元気だねえ」

可笑しいと言った様に笑みを零し、私を見下ろす白銀の髪の男性。
ロンドンの葬儀屋、アンダーテイカーだった。

「な、なんで葬儀屋さんが…?……はっ!!てか、これ棺桶じゃないですかっ!!」

寝ているのが棺の中だと気付いた私は慌てて身を起こした。
何が何だか解らず周りを見れば、薄暗い室内は彼の店だった。

「え、私って……死んだの?」

「ブッ、それは随分血色の良いお客さんだねえ」

私の発言にニヤニヤしながら、アンダーテイカーはカウンターへと向かう。
小さな窓から差し込む朝日が彼の背で揺れる白銀の長い髪を照らした。

「えっと、あの…葬儀屋さん、私何がなんだか……」

「まあまあ、少ーし落ち着きなよ」

彼はカウンターから骨壷とビーカーを持って戻って来た。
私に椅子代わりの棺に腰を下ろすよう勧めて、彼も向かいに座る。
良い薫りのする紅茶入りビーカーと、骨壷に入っていた骨型クッキーを差し出された。

「あ、ありがとう、御座います……」

私は礼を言いながら怖ず怖ず受け取った。
見た目の破壊力……凄い。
けれど、食欲をそそる匂いに負けて、まずはビーカーに口を付けた。

「い、だだきます、…!!」

鼻腔を抜けるしっかりとした茶葉の薫り。
もやもやした気分が晴らされるみたいな味だった。

「すっごく、美味しいです」

「それは良かった。クッキーもどぉぞ?」

「ん、……美味しい!」

サクッと小気味良い音が口の中に広がる。
骨型クッキーは程良い甘さと香ばしさで、何度でも食べたくなるような味だった。

「葬儀屋さんお菓子作り得意なんですね!」

「伊達に長いこと葬儀屋やってないからねえ」


「さあて、少しは落ち着いたかい?」

私のビーカーが空になるのを見計らって、彼は切り出した。

「はい、御馳走様でした」

姿勢を正してアンダーテイカーに向き直る。
前髪で隠れた目は見えないが、彼は確かに私を見つめながら口を開いた。

「先ず、キミが知りたい事はなんだい?」

「え、っと…どうしてパリに居た私がロンドンの葬儀屋さんに、」

訊きかけて、思わず口を噤んだ。

どうしよう、アンダーテイカーに支払う“笑い”がない……!
すると私の思っている事を察したのか、彼は笑いながら言った。

「心配しなくても大丈夫さぁ、お代は前払いでたーっぷり頂いたからねえ」

彼は楽しそうに思い出し笑いをする。その様子に、私は自分で答えに気付いた。

「セバスチャンさんですね?セバスチャンさんが、私を此処に?でもっ、それってシエルさんが…?」

でも、シエルが突然私を引き離すなんて、そんなこと今更ない筈だ。
それじゃあ一体…、

「伯爵じゃあないよ」

アンダーテイカーが私の思考を遮った。
そのまま彼は長い爪を口元にあてながら独り言のように呟く。

「彼、いつもと様子が違うようだったけど……」

「彼って、セバスチャンさんの事ですか?けど、シエルさんに言わずに勝手な事するなんて有り得な、」

「それは“執事”だったらの話じゃないのかなぁ」

「え……?」

「おや?君は“知っていた”んじゃないのかい?それとも、こうなるのは予想外だった?」

首を傾げて笑う彼。その言葉に含まれた意味に、私は目を見開いた。

「葬儀屋さん……、私の事知って……?」

「最初からじゃあないけどねえ…、異世界から来たって言うだけじゃなくて言動も面白いからさぁ。
もしかしたら君には、色んなものが“見えて”いるんじゃないかと思ってねぇ」

「そう、だったんですか……。」


そう言えば前回プレストンの修道院で会った時、言われた事を思い出した。

“君は、あの吸血鬼の坊やと昔一緒に居たって言う女の子とは、また違うのかなぁ…?”

あれはそう言う意味だったのか。


「でも、それはもう関係ないんです」

私が、今しなくちゃいけないのは。

「私、シエルさんのそばにいるって約束したんです。だから、シエルさんの所に戻らないと」

「戻ってどうするんだい?」

「……え?」

アンダーテイカーは棺から腰を上げるとカウンターへ行き、その下からトランクを取り出した。
それは、私がパリへ持って行っていた物だった。

それからもう一つ、彼は漆黒色のピストルをカウンターに置いた。

「君も伯爵も彼もねぇ、一度距離を置いた方が、見えてくるものもあるんじゃないのかい?
お互い少ーし落ち着いた方がいいんじゃないかなぁ」

焦らなくてもまだ時間はあるよと言って、アンダーテイカーはまるで何でも見透かしているかのように笑った。
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