眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
その姫、悠遠1/4

ファントムハイヴ家の屋敷にある桜の木に、花が咲いた。

私がこの世界へやって来てから、もう一年が過ぎようとしていた。

あの頃と今と、私は何も変わっていない。
向き合っているつもりでいながら、実際ははっきりとした現実感も持てないまま、いつまで経っても無力なままだ。


ロンドンから帰って来て3日。
表向き、屋敷はいつも通りの日常に戻っていた。

ただ、私はあの日劉の船を降りてから一度もシエルと口を利いていなかった。
と言うより、普通の主人と使用人の関係ならこれが当たり前なのだと思う。
今までも分かっているつもりだったけど。

此処へ来て、シエルの方から距離をとられたのは初めてで、改めて今までの優遇を思い知らされた。


朝、食堂へ向かうシエルが階段から降りてくる。
私は使用人の皆と並んでいつも通り、幼い当主に挨拶する。

「「「坊ちゃんっ!おはよう御座います!」」」

「………おはよう」

言葉を返すシエルは、此方を見ずに通り過ぎていった。
その様子にフィニが首を傾げる。

「坊ちゃん…?」

「元気ないですだ」

「だなぁ…」

メイリンとバルドが続き、そこにタナカさんが割って入った。

「ほお…貴方がたにも分かりますか」

「ああ、パッと見、いつもと変わんねーけどよ。オレ達には分かっちまうんだよな」

そう言うバルドにメイリンとフィニも頷く。

「ここはっ!オレ達で坊ちゃんをパーッと元気づけてやろうじゃねぇかあ!!」

「それ良いですねー!」

と私もいつもの様に同意する。

皆で一緒に、パーッとパーティーだぁ!と騒いでいると、タナカさんが呟いた。

「平常心……。」

「「「 は ? 」」」


「……つまり、いつも通りって事か?」

「坊ちゃんにいつも通り寛いで過ごしてもらうって事だね!」

「分かったですだ!お屋敷をピッカピッカの快適空間にするだ!」

「オレのスペシャル料理、遂に披露する時が来たなあ…」

「じゃあ僕は庭の木全部めちゃくちゃ格好良くする!」

張り切る皆に私も続いた。

「私もお掃除頑張ります!」

バルドの「行くぜぃ!」の掛け声に、みんなで揃って「オーっ!!」と気合いを入れた。

が、上手くいかないのはいつもの事。

私が気付いた時には、庭の木はプルートゥの噴いた火で焼けていて、玄関ホールの階段の手摺は靴墨で真っ黒。
厨房からは爆音が響き渡ったのである。

なんか久しぶりだなぁこういうのと思いながら、それぞれの後始末に向かうべくバケツや雑巾を持って、私は慌ただしく駆け回った。


なんとか一息吐いた、使用人室での昼食の時間。
フィニが不意に、自分達の来る前の御屋敷はどんな風だったのかと話を切り出した。

「そりゃあ、知ってるのは……タナカさんだけだろ」

バルドは私達の座るテーブル席から、離れた場所でソファに座るタナカさんを振り返った。

「ほっほっほっ…」

お茶を啜る彼にバルドは首を振る。

「こりゃダメだ。訊くだけムダだな」

するとメイリンが閃いたように声を上げた。

「いるですだよ!もう御一人!」



タイミング良く、午後からファントムハイヴ家へ遊びに来たエリザベス。
まず庭でプルートゥに構いだした彼女は、皆の質問に目を丸くした。

「昔のファントムハイヴ邸…?」

「はい…僕達の来る前の御屋敷は、どんなだったんですか?」

「そうねぇ…シエルのお父様もお母様もアン叔母様も、そしてシエルも、いつも笑っていたわ。ファントムハイヴ邸は笑顔でいっぱいだったの」

「「それだあ〜っ!!」」

エリザベスの言葉にフィニとメイリンが上機嫌で手を合わせた。

「御屋敷を笑顔でいっぱいにします!」

「そっ、そうすれば坊ちゃんも元気になってくれる筈ですだ」

「わあーっ、それってすっごく素敵ーっ!」

顔を輝かせるエリザベス。
フィニとメイリンはにいっ♪と笑顔を作った。
が、バルドはやや呆れ顔である。

「可笑しくもねえのに笑えるかよ」

そう言う彼の頬を、フィニとメイリンがそれぞれ両側から掴んで引っ張った。

「坊ちゃんの為ですだ!」
「笑ってバルドさんっ!」

「痛てててっ…!わぁーったよ!」

引っ張られて赤くなった頬のまま、バルドはピースで「にいっ」と笑う。
それに満足した二人が今度はくるりと私を振り返った。

「ほら!リユもっ」

「にいっ♪ですだよ」

きらきらした顔に見つめられ、私も期待に応えるべく飛びっきりの笑顔を作った。

「にいっ♪、ですね♪」

「私も協力するわ!」

とエリザベスも乗り気になる。

その時、ざあっと風が吹いて庭の木々が揺れた。
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