眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
スティルメイトの脱却1/2

ブルーダイヤの指輪が無くなった指。

それは、ほんの僅かな重量であったにも関わらず信じられない程軽くなった気がした。


シエルは炎に包まれたロンドンの街を、此処は地獄なのかと思いながら歩く。
脳裏で、船に現れたアンダーテイカーとのやり取りを思い返しながら。


何とかパリからロンドン行きの船に乗船して隠れていたシエルが、遭遇したのはアンダーテイカーだった。
シエルは彼から骨壷に入ったクッキーを受け取り空腹を満たす事が出来たのだった。

「ヒヒヒ…良い食べっぷりだねえ。メイド君もそうだったけど、」

「…っ!リユか?」

シエルはクッキーを口に運ぶ手を止めた。

「リユはお前の所に居るのか…?」

シエルがパリのホテルで一人、目を覚ました朝。

セバスチャンが自分から離れたのだと分かった時、彼女はセバスチャンが連れて行ったのだろうと思っていた。
リユの部屋は荷物一つなく、綺麗に片付けられていたからだ。
仮に天使が連れ去ったなら、こうはならないだろう。


「そうだよぉ、彼が連れて来たのさぁ、眠ったままのメイド君をね」

「……そうか。なら、良い。…アンダーテイカー、以前も言ったがそのままリユを頼、」

言い掛けたシエルの口元に、アンダーテイカーの長い爪が当てられた。

「伯爵、あの子はもうすぐ元の世界へ帰るよ」

「……!!」

その言葉に、碧の瞳が大きく見開かれた。

「それとね、メイド君はもう小生の所には居ないよ。伯爵に会うからって出て行ったからねえ」

「なんだと…っ?それじゃあ今どこに…」

まさか入れ違いでパリへ戻ろうとしているのか。
すると、シエルの考えを読み取ったようにアンダーテイカーは笑う。

「安心おしよ。メイド君とはちゃーんと会えるからさ。君が行く先でね」

どういう事か問うたが、結局中途半端にはぐらかされてしまった。

中途半端と言えば、もう一つある。

アンダーテイカーは去り際に、シエルに告げたのだ。

「伯爵、君はもうすぐ…死ぬよ」

意味を訊く前に彼は船から姿を消したが、その言葉で少年は覚悟が決まった。
悪魔が側に居ない今、ただの無駄死にをするのかも知れない。

しかし、それなら悪魔の望んだ魂で死にたい。
だから、ブルーダイヤを売りロンドンに戻って来たのだ。


“後悔する選択だけは、しないで下さい”

リユの言葉を思い返す。
そして――。

(僕の行く先に、リユが居る……)

ずっと何かと理由を付けて、側に置いていた少女の存在。

初めは警戒と興味だった。
けれどいつからか、彼女との距離感が心地良くてただただ離れられなくなっていたのだ。

愛だの恋だのそんな感情ではないが、確かに大切に思っていたのだと今まで目を背けていた気持ちに気付かされる。

(もし本当に、最期に会えるなら僕は――、)


その時、焼け崩れた瓦礫が真上から落ちてきた。
が、シエルは咄嗟の事で体が動かない。

「危ないっ……!!」

「っ!?」

いきなり前方から突き飛ばされ、間一髪で助けられた。

「あんた何やってんですだか!…ん?…坊ちゃん!?」

「何故っお前が此処に…」

シエルは驚いて目を丸くする。

自分を助けてくれたのは屋敷のメイド、メイリンだったのだ。

「も、申し訳ありませんですだよっお屋敷を守るのが私の仕事ですだがっ、でもでもっ…そのっ、」

「落ち着け。責めてはいない。理由を話してくれ」

問うと、メイリンは泣き出しそうに言った。

「プルプルが…っ」

「プルートゥが?」


メイリンに着いて行った先でシエルが目にしたのは、ロンドン中に炎を噴く魔犬の姿だった。

フィニとバルドは麻酔弾で止めようとするが、効果は無く。
また、屋敷に帰ってきたリユがプルートゥを追い掛け、戻って来ず、捜しても見つからないとも聞かされたのだった。


シエルは炎を噴く魔犬を見つめ、それから使用人達に命じた。
実弾で撃てと。

「あいつの目を見ろ。自我を失っている。あそこに居るのはお前達の知るプルートゥじゃない。ただの獣だ」

誇りを奪われ目的も見えず生きる惨めさは誰よりも理解している筈だと、使用人達に告げる。

「命令だ。バルド、メイリン、フィニ、魔犬を殺せ。お前達の手で……!」

三人が覚悟を決めた顔でシエルに返事をした。

「「「イエッサー…!」」」

シエルはそれぞれの目を見て頷き、その場を任せて走った。

広場で取り残された馬を見つけ、それに飛び乗る。
その時、ライフルの発砲音とプルートゥの吠える声が聞こえた。
しかしシエルは振り返らなかった。

「走れ…っ!!」

馬で駆け向かう先はバッキンガム宮殿。

(そう、走るしかない。どうせ死ぬなら…あいつの望む魂で死にたい。それは、僕自身が誇りを取り戻す為の……)


宮殿の門に立つ兵は、シエルが名乗っても無反応で立ち尽くしていた。
城内も同様で、響くのは自分の靴音だけ。

「時が止まっている…。罠か?……構ってられるか…!」

女王の姿を捜そうと、その場を駆け出す。

階を上がり広い廊下を走っていると、聞き覚えのあるメロディーが耳に入った。
「ロンドン橋落ちる」のメロディーで、部屋の方から聞こえてくる。

シエルは扉を開けて奥へと入っていく。
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