クラシカル リビドー4/5
劉の乗る船上に着くと同時に、セバスチャンとシエルに錘の攻撃が襲い掛かった。
それを躱した執事は錘を構えた藍猫と対峙する。
「彼女の相手は私が。」
「分かった」
シエルは劉を探してその場を離れた。
「兄様の敵…殺す」
向かい合う少女の殺気を受け、燕尾服の悪魔は微笑する。
「お相手致しましょう」
華奢な少女から繰り出される攻撃は凄まじく、通常の人間なら到底敵わない力と俊敏さが備わっていた。
そう、通常の人間ならば。
投げ出された藍猫の体が甲板に叩き付けられる。
「その小さな体で、素晴らしい力です。ですが所詮は人間…。そのくらいにしておかれては如何です?」
涼しい顔で問うセバスチャン。
が、藍猫は苦しげに上体を起こしながらも口を開く。
「やめ、ない…」
そんな少女を見下ろしながら、彼はその髪についている飾りに目を向けた。
翡翠色の、華奢な簪だった。
「……ですが、」
「セバスチャン!!」
その時、船室から飛び出して来たシエルが執事の名前を呼んだ。
青龍刀を手に劉も姿を現す。
傷付いた藍猫の様子に、劉がどこか楽しげに言った。
「藍猫にそこまでさせるなんて…前から思っていたけど、やっぱり、人間じゃないね。執事君」
「さて、どうでしょう。私は、あくまで執事ですから」
そう言って、微笑で返す。
劉が面白いと笑う姿を見ながら、セバスチャンは一つの気配が近付くのを感じていた。
それはアバーライン警部補のものだった。
シエルを気に掛けていた彼だ。
わざわざ此処まで追ってきたのかと内心嘲弄する。
しかし、預けたリユの気配がない事にセバスチャンは引っ掛かった。
責任感の強いであろう警部補が、非力な少女一人を置いて此処まで来るのは不自然だ。
だとすれば、無理矢理リユがアバーラインを送り出し一人で屋敷に帰ったか、それとも。
その時、劉が刃を構えてシエルへと駆け出した。
「セバスチャン…ッ!!」
主の声に駆け寄ろうとすれば、藍猫の攻撃が飛んでくる。
それを避けながらも、セバスチャンはアバーライン警部補がこの場に飛び出して来る事を予測していた。
そして“お人好し”の彼が、主人の盾となりその身で刃を受け止めるだろう事も。
しかし ――。
視界の悪い煙の中から飛び出し、シエルと劉の間に割って入ったその姿は、小柄な少女のものだった。
今まさに自らが斬られると言う状況で、身一つで飛び出し、微かに笑みさえ浮かべながら。
現れたのは、悪魔でさえ気配を感知出来なかったリユだったのである。
それを認識したセバスチャンが動くより早く、劉の刃はリユの鼻先で止まった。
すると、覚悟を決めたような少女の表情が崩れた。
「 ど、うして、」
両腕を広げてシエルの前に立つリユが、言葉を零す。
その瞬間初めて、少女自身の纏う気配が戻ってきたのだった。
セバスチャンには目の前の光景が信じられなかった。
彼女は此処に姿を現すまで、気配が消えているどころか他人の気配を纏っていたのだから。
一瞬唖然としてしまったセバスチャンは我に返る。
だが、驚いていたのは周囲も同じだった。
突然飛び込んで来た少女に、シエルも劉も動きを止めていた。
藍猫でさえ、此方への殺気も消え失せている。
辺りの様子を探った執事は、アバーライン警部補が船に上がって来た事に気が付いた。
今度は紛れもなく本人である。
その時、リユに向かって劉が青龍刀を構えた。
「リユッ!!」
シエルが少女の名前を叫んだのと、劉の刃が少女を狙って突き出されたのはほぼ同時だった。
その間(かん)、藍猫は表情を苦しげに崩しながらも、セバスチャンへと錘を振り上げる。
それを躱しながら、セバスチャンは今度こそ予測通りの結果を流し見た。
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