その王子、来訪2/3
深々と雪が降り続く、英国のとあるマナーハウス。
此処は嘗て、表向き名門貴族の、裏社会では悪の貴族として恐れられた伯爵家の屋敷だった。
しかし、品格ある佇まいと美しい庭を持つ景観が在ったのは、もう随分昔のこと。
100年程前、屋敷は炎に包まれ焼け落ちた。
それから、手付かずの瓦礫が残る廃墟と化していた。
瓦礫の一つに凭れ掛かって雪の中座り込む、黒い影。
それは嘗て、この屋敷最後の当主、シエルファントムハイヴ伯爵に遣えた燕尾服の悪魔だった。
毎年この日になると我知らず此処へ赴き、悪魔は懐古の念に囚われていた。
彼の側には、割れた皿とバースデーケーキが崩れ落ちている。
「本当に……退屈だ……」
真冬の夜空を仰ぎ見て、ぽつり、呟く。
瞬きする間に過ぎ去った筈の、此処での日々。
にも関わらず今日まで、あの日を越える娯楽も興味も見出だせずにいた。
そして、己れが喰らった少年さえ未だに忘れられず。
更にはもう一人、幻の様に消えていった、少女の存在も――
雪を踏む足音と気配に、悪魔は正面を見据えた。
吹雪き始める中、二つの影が近付いてくる。
「ハァイッセバスちゃんっ、お久し振りDEATH☆」
この場には不釣り合いな、真っ赤な色。鮮烈な赤を纏う死神がウインクを飛ばして来た。
「この様な所に居たのですね。セバスチャンミカエリス」
もう一人は、神経質な雰囲気を漂わせる黒いスーツの死神だった。
久しく耳にする事が無かった名で呼ばれた悪魔は、座り込んだまま二人を見上げた。
「今、私に名はありませんよ」
「ヤダッ、こんなに覇気のないセバスちゃんなんて始めてみたワ。アタシが火をつけてあげたくなっちゃうっ」
赤い死神は屈み込んで悪魔の胸元のタイに指先を這わせた。
「……そんなに、私に堕として欲しいんですか?」
悪魔の艶やかに垂れた前髪の間から、人ならざる色をした紅が覗く。
「アアン!イイワッセバ、ゲフッ!?」
「退きなさい、グレルサトクリフ。邪魔です」
興奮して悪魔に抱き着こうとしたグレルは、スーツ姿の死神によって後方へ放り投げられた。
雪の中へ消えた赤を見送って、燕尾服の悪魔は立ち上がる。
「冗談はさておき。一体何の御用です?ウィリアムさん」
名前を呼ばれて、ウィリアムは神経質に眉間を動かした。
「ある案件の調査をしています。本来なら貴方のような存在と関わる事は憚られるのですが…」
苦々しげな口調でウィリアムは先を濁す。
相変わらずの潔癖だと、悪魔に嘲笑が浮かんだ。
しかし次の一言に、笑みは消えた。
「貴方にお訊きしたい。異世界の住人だった、リユ 鈴岡について」
「 …リユ、」
ほとんど無意識に、悪魔の唇から懐かしい名が零れた。
それから、耳の奥を揺らす柔らかな声が甦る。
“セバスチャンさん”
(嗚呼……そうだ。私は――――)
「なっ、これは……!?」
「!?」
ウィリアムの声に、悪魔はハッとした。
二人は淡い光りに包まれ、体がみるみる透け始めていたのだ。
「貴方の仕業ですか!セバスチャンミカエリス!」
「いえ、違います。これは一体っ」
「ンなっ!?ウィ、ウィルッ!セバスちゃん!!置いてかないでえぇえ!!」
グレルが凄まじい勢いで雪の中から突進してくる。
「止まりなさい!」とウィリアムは彼に叫ぶ。
が、その声と共に、三人は泡のように弾けてその場から消えた。
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