その王子、来訪1/3
“…君、は?”
“レディ相手に手ぇ出すのは頂けないな”
“おやおや、随分可愛らしい家女中じゃないか”
“あら?見ない顔ね。新しい子?”
“ふぉっふぉっ”
“僕はフィニ。よろしくねっ”
“オレはバルド。よろしくなオチビちゃん”
“よろしくだ”
“まさか子どもとはな”
“私この屋敷の執事セバスチャンミカエリスと申します。貴女はどちらさまでしょう?”
「…せ ばす……ちゃ…… 」
自分の寝言と目覚まし時計の音に、私は目を開けた。
(朝…………)
あれから、一年が過ぎた。
寝坊したからと言って美声で叩き起こしに来る執事も、賑やかに朝の挨拶を交わす使用人の皆も、午後のお茶を一緒に楽しむ少年も、此処には居ない。
いつしか私は、あの出来事は全て夢だったんだと思うようになった。
その割には、今日みたいに未練がましい夢を見るけれど。
いつも通りに学校へ行って授業を受けて、いつも通りに過ごす日常。
代わり映えない毎日も、“此処”に生きてる私にとっては大切なものだ。
「ねえ、ねえリユっ聞いてる?」
「へっ…!?」
私の目の前で手を振っていたのは、向かい側に座る友人のルイ。
ぼーっとしていたが今は昼食の時間だった。
「えっ、き、きいてるよ!?私の部屋の隣が引っ越してきたって話でしょ!?」
「……全然違うわよ」
ルイが呆れた顔になった。
「明日からのゴールデンウィーク、みんなでどこか行けたらいいねって話だよ」
優しい笑顔で教えてくれたのは、横でお弁当を食べるヨウコちゃんだった。
「ああ!そっかそれか!ごめんごめん」
「それかじゃないわよ。マコトは3日ならOKだって」
「高校生活最後なんだから、今のうちから思い出作らないとね」と言うルイの言葉に頷きつつ、私はふと窓の外を見上げた。
広がっているのはあの日によく似た、雲一つない青空だった。
午後の授業も終わり、ホームルームも終え教室を出ていく同級生達。
「じゃ、どこ行くか決まったらメールちょうだい!」
「OK、マコトも部活頑張ってー!」
「ありがと。じゃ行ってくるねー。リユ、ヨウコちゃんまたねー!」
「いってらっしゃいマコトちゃん。暑いから気をつけてね」
「ファイトー!!」
手を振って部活に向かったマコトちゃんを見送る。
私は鞄を肩に掛けながら、ルイとヨウコちゃんに言った。
「花壇の様子見てくるから先帰ってくれていいよ」
「あ、園芸部の?連休中は用務員さんがしてくれるのよね?」
「うん。だからついでに挨拶もいってきます!」
二人と別れて学校内の花壇を見て回り、最後に用務員室を訪れる。
が、扉には外出中の札。
「時間帯的に職員室かな」
さすがに三年続けているだけあって、園芸部と関わりの多い用務員さんの行動パターンは読めるのだ。
此処と同じく一階にある職員室は、角を曲がった奥だ。
……職員室じゃなかったら校門の花壇かも。
自分の予測に一人で保険をかけながら廊下の角を曲がった。
「……?」
少し先にある職員室の前には数人の先生が立って話をしていた。
その中で一人、よく知った顔の女性は私のクラスを受け持つ英語教師だ。
今朝の集会で、連休明けから産休に入ると伝えられていた。
よく見れば、彼女の横には学年主任と校長もいる。
そして私に背を向けて立つのは、黒いスーツを着た背の高い男性だった。
「……!」
何故か、その後ろ姿に私の足が止まる。
いや、そんな筈……そんなはず、ない…
自分の鼓動の音と遠くで聞こえる運動部の声を聞きながら、ほんの一瞬、時が止まった気がした。
茫然と立ち尽くす私に英語の先生が気付いたらしく、目が合った。
彼女の態度に反応して、スーツを着た男性も此方を振り向く。
黒い艶のある髪がサラリと揺れて、その現実離れした白皙の顔が、私と向き合った。
美しくも妖しい紅茶色の瞳が、ゆるりと細められて、
「嗚呼…やっとお会い出来ましたね。リユ」
鼓膜を震わせる甘い声が、私の頭に響いた。
「…………、」
……思考停止(゜△゜)
きっと今の私は、いつぞやと同じ阿呆面だったに違いない。
†
next
[
戻る]