悪魔な王子と禁忌の誓い | ナノ
その王子、未練2/2

「はー……御飯もデザートも美味しかったですー」

「それはそれは。御粗末様でした」

好調とは言えない食事の始まりも、デザートまで食べ終わる頃にはすっかり忘れていた。

御飯の後、折角だからとバルコニーのソファ席に誘導されて私は上機嫌だった。
枇杷のジュースも美味しい。これもセバスチャンの手作りと言うのだから驚きである。
現代でも手を抜かないとは流石、悪魔で元執事だ。


食事中に彼が話してくれた此処での今日までの事も、私は夢中で聞いた。

異世界の事を調査する死神達と再会し突然トリップしてしまったと言うセバスチャン。

先ず状況把握の出来る生活が整うまでの短い間は、仕事を選ばず働いたらしい。
何の仕事とは訊いても教えてくれなかったが。……絶対、絶対ホストクラブなら、すぐ稼げた筈と私は勘繰っている。

働かなくても悪魔の力を行使しまくれば何とでも出来そうだが、ウィリアムが許さなかったようで。勿論セバスチャンも黙って従った筈もなく、互いに牽制や取引でそれなりに協力もし合ったらしい。

そして有益な情報や制限のない行動を得るには人間社会での力が必要だと、現在の会社を立ち上げる傍ら、セバスチャンはアメリカとイギリスの名門大学に通ったそうで。

「たった二年でどーやって卒業したんですか…」
「それは、企業秘密です」と言って悪魔は口元に人差し指を添えながら、此方も詳細をはぐらかしてきた。けど、見せてもらった卒業証書は本物だった。



「でも、セバスチャンさんが座ってるの見るのってやっぱり新鮮ですねー」

春の夜の下、横に並ぶソファに腰掛ける彼は脚を組んでいる。19世紀のあの世界では、絶対に見ない光景だった。

「今は執事ではありませんからね」

クスリと笑ったセバスチャンは肘置きに片肘をついて私を見た。細められた眼は紅く妖しい美しさを放つ。

「ですが、私は今でも貴女と……、いえ、貴女達と過ごしたあの頃の事を、全て記憶していますよ」

「セバスチャンさんにとっては、百年も前の事なのに……?」

「悪魔にとっての百年など、大した時間ではありません。但し、貴女達との一時は剰りに印象深く、逆に長い時間の様にも思えましたが」

微笑しながら夜空の方を見遣る彼の目には、懐旧が窺えた気がした。

「セバスチャンさん……」

「それ程までに忘れ難かったのですよ。悪魔の長い一生の中で、リユの事も、……彼の事も、ね」

彼、の言葉に一瞬息を止めた私を、セバスチャンの紅い眼が捉えた。何もかも見透かす、悪魔の瞳。

「聞きたかったのでしょう?彼の、シエルファントムハイヴ伯爵の最期を」

「……あ……でも…………でも私は……」

聞く権利なんて無い。

悪魔に魂を渡すと、死んでしまうと分かっていて、最後まで何もせずに別れたと言うのに。
シエルに生きて欲しいなんて無責任な事も言えず、かと言って、死んで欲しくないからと新たな道を模索する勇気も無かった私だ。

それでも、本当はセバスチャン達に再会した時。
シエルもこの場に居たら、と。
身勝手で愚かな甘い考えを抱いた私だ。

ジュースの入ったグラスを持ったまま、私はうつ向いて頭を垂れた。

「リユ。貴女が責任を感じる必要は無いのですよ」

頭上からのセバスチャンの声は落ち着いていて、坦々と話を始めた。

「シエルファントムハイヴ伯爵は、立派でした。最後の最後まで彼らしく、凛々しく、傲慢で。」

蓋をしていたあの頃の記憶が、セバスチャンの声と共に蘇る。

シエルの悪戯っぽい笑みや、年相応な照れた表情。女王の番犬の威厳を背負う姿や、強い意志を宿した瞳。怒りに、悲しみ、やるせなさ。
私はいつも近くで、シエルを見ていたのだ。


「全ては、彼自ら選んだ立派な最期でした。彼に遣えた者として、嘘偽りなくそう思います」

セバスチャンの言葉に、皮肉や嘲笑は感じなかった。彼も、悪魔であっても執事であっても、本当にそう思ったのだろう。

でも私は知っていたのだ、一番最初から。
シエルがいずれは魂を渡すのだと言う事を。己の命を代償に、復讐を遂げようとしている事を。

そう言えばセバスチャンは、ウィリアムやグレルは。黒執事の漫画やアニメの事を知っているのだろうか。
私はトリップして帰ってきて以来、全て観る事を止めてしまったけれど。

少し意識が別に向いた私は、ゆっくり顔を上げた。
するとセバスチャンが再び口を開く。

「貴女と最後に言葉を交わせて良かったと、彼は言っていましたよ」

「……シエ、ル、さん、が……」

名前を口に出すのは、あの日以来だった。
そして思い浮かんだのは、別れ際の、微笑むシエルの姿。

途端に私の目から涙が流れ出す。

「う、……目、目から……枇杷ジュース出て、きだっ、んですっけどっ……」

苦し紛れの誤魔化し方は酷いものだった。
けれどセバスチャンは、私の手からジュースのグラスをそっと取り上げる。

そして、たった一言。

「今夜の星は、美しい碧(あお)ですね」

続く沈黙は、ぐずぐず泣き続ける私に安心感と心地良さを与えてくれた。



(さあリユ。今日まで独り胸の内に秘めてきた感情を、これから一つ残らず、私が暴いて“掬って”差し上げますよ)

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