その王子、未練1/2
一旦自分の部屋に帰った私は玄関ドアに背中を預けた。
彼らとの詳しい話は、夕食事にセバスチャンの部屋で聞く事になった。
彼らは突然決まった同居に何やら忙しそうで、私は私で学校から帰ってすぐの為、一時解散となったのだ。
まだ電気をつけていない廊下を、ぼんやり見つめる。
信じられない……夢みたいだ。否、一度は夢だと飲み込んだ事が現実に現れたのだ。動揺したし今も状況を把握しきれてはいない。
しかし私の胸に広がるのは、懐かしさだった。
また、セバスチャンに会えた。意外だったけど、彼と二年も一緒に居たらしいグレルとウィリアムにも。会えた事は素直に嬉しかった。
でも…………
私は、胸に抱えたままだったスクールバッグに気付いた。
「鞄、置いてこよ……」
靴を脱いで、廊下の電気を点ける。
点った明かりは私の中の陰りを、散らして誤魔化した。
制服から私服に着替え細々した雑用を済ませると、ちょうど約束の時間になっていた。
「……手ぶらで、いいよね」
一瞬菓子折り的なのが頭に浮かんだが、そもそも悪魔は御菓子食べないし。
というか数々の絶品スイーツを生み出してきた元執事さんに、菓子折り渡すとかどうなの。
「そもそも、引っ越してきた側が先に渡す方が普通だよね?いや、御飯を御馳走にはなるけども」
「何をぶつぶつ仰っているのです?」
「別にぶつぶつは言ってな、っておぅわあっ!?」
「相変わらず奇声を発するのが得意ですね貴女は」
いつの間に居たのか、私の家の玄関にセバスチャンが立っていた。シャツに黒のエプロン姿で、クスクスと笑っている。
「ふほー侵入じゃないですか!」
「不法侵入?とんでもない。私は食事が冷める前にとリユを呼びに来たのですよ?」
「黙って上がり込むのはアウトですってばよ!」
「鍵が開いていたものですから。全く不用心ですねぇ、私でなかったらどうするのです」
そう言えば鍵を掛けるの忘れてたな。
「嗚呼、ですがこれからは、貴女がどんなに不用心でも私がついていますから、心配いりませんよ」
「え……」
てっきり彼からの追撃が来ると思っていた私は、拍子抜けた声が出た。
優しい微笑みを浮かべるセバスチャンは、廊下に立つ私に手を差し伸べる。
「さあリユ、食事にしましょうか」
「今度は戸締まりをしっかりしてからね」と更に優しく付け加えるセバスチャン。
「はい……」
私は素直に頷く他なかった。
「うわー美味しそう……」
彼の家の食卓に着くなり、私はそう言葉を漏らした。
まず、土鍋で炊いたと言う炊きたての白米は艶々で、食べ物に煩くない私でも普段との違いが分かる。
次々に並べられた高価な雰囲気の皿には、季節を感じる和食で彩られている。
一際目を引く真鯛の木の芽焼きに、筍とワカメの煮物。それから、アスパラガスの豚肉巻き、菜の花と豆腐のゴマ和え。
椀からほんのりと湯気が立つのはしじみの味噌汁だった。
「食後に、枇杷のゼリーとジュースも用意していますから。」
「え!?まだあるんですか?」
正面に座ったセバスチャンに問うと彼の目が丸くなった。
「ええ。向こうにいた頃はいつもデザートも食べていたでしょう?」
「そ、れは……そうですけど……」
仕える主人が居る訳でも、賄いを作らなければいけない訳でもないのに。
グレルとウィリアムもまだ仕事があるらしく、戻るのは明日以降だと聞いたばかりだ。
「リユ」
突然、セバスチャンが真面目な声で私の名前を呼んだ。
真正面からの視線は、懐かしい紅茶色の瞳。
しかし其処には、からかいやあきれが一切無かった。
「これからは、貴女の為に食事を作りたいのですよ」
……さっきも、そうだった。玄関での時も、そう、最初にこの部屋へ来た時も。
“私は貴女が居なくなったあの日から百年後の12月14日に此処へ来たのです。リユに会う為に、ね”
どうして、貴方はそんな…………
「…………セバスチャンさん、キャラ迷走してるんです?」
見つめ合って数秒、私が言えば彼の表情が固まった。そして、
「ですから、いつまでもその間抜けな…いえ、失礼。……面白い顔をしていないで、早く食べてみてはくれませんか?」
「なっ……!」
ニッコリ。
音が付きそうな顔で笑う彼に先程までの面影は消滅していた。
†
next
[
戻る]