その姫、粉雪3/3
顔を背けると、セバスチャンは私の頬に手を添えてきた。
先程までとは違う優しい仕草で、困惑しつつも再び彼を見上げる。
「リユ、無理に強がらなくても良いのではないですか?寂しいなら寂しいと、恐いなら恐いと、素直に言って構わないのですよ」
「私は…素直です」
「それはただの強がりでしょう。初めて見た時から、貴女の瞳の奥は酷く冷えていましたよ」
「っ…、仮に、強がりだとしても、そうしないとやっていけませんよ」
強がってるだけと言われても、私自身がそれに気付いていない事もあるんだから。
瞳が冷えてる?
そんな難しい例えを言われたって分かんない。
「私を頼って下さっても構わないのですよ」
「え?」
セバスチャンが口にした意外な言葉に、間抜けな声が出た。
頼るって…、このヒトを…?
「私、セバスチャンさんのこと頼りにしてますよ」
「嘘が下手ですね」
彼は私の頬に添えた手をゆっくりと動かし、撫でるように滑らせた。
その指先からはあまり体温を感じられないのに、何故か温かく思ってしまう。
どうして、こんな優しげに……。
そう思った途端、込み上げる感情。
私は彼に絡み捕られていた手を振り解き、その腕を無理矢理弾いた。
「からかわないで下さい」
私はするりとソファから降りた。
こういう時、小柄な体って便利だよね。
同じく体を起こして、セバスチャンはソファから立ち上がった。
「からかう…?私はただ、頼るものがほしいなら私に縋っても良いと申し上げただけですよ」
そう言うと、彼は普段の穏やかな微笑を浮かべる。
「縋る、とか…、そういうのをからかうって言うんです。私で遊んだって、なんの得にもなりませんからねっ!」
言い捨てるように告げてから、私は部屋を出ていった。
自室に戻り、柔らかなベッドに潜り込む。
目を瞑ると、先程セバスチャンに頬に触れられた感覚を思い出してしまった。
温かさを込めて撫でるような、優しい感覚。
そこに、彼が気持ちを込めていない事なんて分かりきっている。
ああいう仕草はセバスチャンにとって、演出でしかないのだ。
私は分かってる、筈なのに…。
頬に触れた温もりがひどく懐かしくて、つい恋しいと思ってしまった。
そんな気持ちには、とっくに別れを告げた筈なのに。
「馬鹿だなぁ、ほんと…」
無意識に零れた声は静まり返った闇に飲み込まれていった。
「リユーっ!!」
次の日の昼過ぎ、フィニが嬉しそうな表情で私の所にやってきた。
「雪だよ、雪!さっき降ってきたんだ」
「ほんとに!?」
はしゃぐ彼に連れられて庭へ出ると、灰色の空からふわふわと粉雪が舞っていた。
「わあ!綺麗…」
此処に来てからは初めて見るな。
「そう言えば…もう半年は過ぎてるんだよねー」
「ん?何が?」
フィニが首を傾げると同時に、私の頭の上に大きな手が降りてきた。
「リユが此処に来てから、って事だろ?」
「バルドさん、」
「もう少し雪が積もったら、オレらが雪合戦の極意を教えてやるぜ!なっ、メイリン」
「はいですだ!」
いつの間にか隣に立っていたメイリンが笑顔で頷く。
その横には穏やかにお茶を飲むタナカさんも居た。
「みなさん、昨日はご迷惑をお掛けしました」
朝から慌ただしく、昨夜の件で礼を言えていなかったと思い頭を下げた。
が、
「なんだよ水くせえな」
バルド達はそんな事気にするなと言って笑ってくれた。
それよりも雪合戦!と言った感じ。
まだ積もってもいないのに。
ふと屋敷の方に目を遣った私は、二階の窓から雪を眺める当主と執事の姿を見つけた。
「シエルさーん!セバスチャンさん!雪積もったらみんなで雪合戦しましょうねー!」
庭からみんなで手を振ると、呆れたように溜息を吐くシエルと、仕事をしろと言うセバスチャンの声が返ってきた。
(それにしても寒いですね!流石は英国!)(これからもっと冷え込むアルヨ)(ならあったかいコートが欲しいですよね。シエルさーん!コート買ってー♪)(うるさい!いちいち叫ぶな!)
(儚く、頼りなく。それはいずれ溶け、消え行くもの)
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