その姫、胸中2/2
「行く宛のない私を拾ってくれて居場所までもらったんだから、嬉しくないって言う方が嘘ですよ」
「だが、お前の本当の居場所は元いた世界の筈だろう」
その問いは私の胸に深く突き刺さる。
シエルにとっては、私に無理をするなと言う優しさ故の言葉なのかも知れないが。
……もういいや。言ってしまえ。ついでになかなか言い出せなかったお願いも一緒に頼んでみよう。
深く息を吸ってから、碧の瞳と向き合った。
「私ね、親が居ないんです」
吐き出した言葉に、綺麗な片目が大きく見開かれる。
そんな彼に私は僅かに笑みを返した。
「って、言ってもちゃんと育ててくれた人はいるんですけどね」
呆然とするシエルから逃げるように、私は椅子から立ち上がった。
大きな窓からは、暗くて視界が悪いため殆ど何も見えなかった。
窓ガラス越しに映るシエルの顔を見つめながら静かに過去を振り返る。
「向こうでは、ここが私の居場所だ、って…感じた事なんてない、です」
堪えてるものがこぼれ落ちないように、それを遮断するように、目を瞑った。
無意識に微笑を浮かべてしまうのは一種の癖なのかもしれない。
「リユ……!」
「Σふぉっ!?」
沈黙を破った突然の大声に私は慌てて後ろを振り返る。
そこには椅子から立ち上がって何とも言えない表情をしたシエルが立っていた。
「ど、どどうしたんですかシエルさん…、まじでびびった…」
私のチキンなはぁとが煩く音を立てる。
シエルが大きな声を出すのを聞くなんてもしかしたら初めてかも知れない。
きっとかなり意外な顔で彼を見ていたのだろう、シエルは気まずげに顔を逸らした。
「あ、いや……、すまない」
「大丈夫、ですか?」
「お前に言われたくないな」
「なっ、なにおう!失礼ですねー、なら序でに私のわがままも聞いてもらいますからね!」
「我が儘?」
「居場所をくれたシエルさんに、恩返しをさせて下さい」
「恩返し?僕への恩返しがどうして我が儘になるんだ」
そもそもリユに恩を売ったつもりはない、とシエルは言った。
でも、例え彼がそう言ったからといって私が素直に引き下がると思う?
「正確には、恩返し半分自分勝手半分って言ったところです」
「意味が良く分からないんだが…」
訝しげに次の言葉を待つ目の前の碧い瞳に私は告げた。
「シエルさんに…、女王の番犬のこれからのお仕事に、私も連れてって下さい」
「っ!?何を馬鹿な。これは遊びじゃ、」
「遊びじゃないのは分かってます」
何時になく真剣な眼差しで、自分と身長の変わらない少年に訴える。
私だって、生半可な気持ちでこんな大それた事を言ってるんじゃない。
「足手まといなのは分かってます。役にだってきっと大してたたない。貴方にはセバスチャンさんがいるんだから」
執事の名前を出すと、シエルは不機嫌に眉を寄せた。
「役に立つ立たないの問題じゃないだろう。危険が多すぎる話にならな、」
「自分の身くらい自分で守ります。シエルさんやセバスチャンさんには其処まで甘えませんから。それに…、対戦相手が誰も持っていない変わった駒を、こっそり隠し持っておくのは意外に有利だと思います、よ」
一度に全てのマスにいける万能駒ではないけれど。
キングを守るナイトでもルークでも、ましてやその傍らに寄り添うクイーンでもないけれど。
でも“不意打ち”にはきっとどんな駒より向いている自信はある。
「リユは僕の駒になるつもりか」
「なんなら跪きましょうか?いぇす・まぃろぉーどーって」
「目的はなんだ」
「それはですねー…」
天使の話をする訳にはいかない。後々、女王陛下さえも疑わしくなっていくと言う展開も。
その行為によって物語が変わってしまったとしたら、私は変えた未来の責任なんてとれないから。
「また、秘密と言うつもりか」
シエルは呟くように言ってから椅子に深く腰を下ろした。
何かを思案するように宙を見上げてその目はぼんやりと、焦点が定まっていない。
却下されるのは確実か、だからって諦めはしないけどね。
互いに黙って考えていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「失礼致します。坊ちゃん、そろそろお休みの時間ですよ」
柔らかく澄んだその声に、主人は部屋に入ってきた執事に目を向け立ち上がる。
「ああ」
そのまま扉へ歩みを進める彼に私は戸惑った。
え。もしや放置ですかシエルさん。
答える気さえおきねーぜ、みたいな?
「リユ、貴女ももうお休みなさい。他の使用人達は先にあがりましたよ」
「あ、はい…」
セバスチャンに言われて曖昧に返事を返す。
此方に背を向けたまま部屋を出て行こうとするシエル。
ぼうっとその姿を眺めていると彼はくるりと振り返った。
「リユ、」
「えっ、はい!?」
ぽんっと何かが放り投げられる。
とっさに手を伸ばし私は両手でそれを掴んだ。
受け取ったのを確認してからシエルは廊下へと出る。
「お休み」
「あ、はい!お休みなさい!」
2人が部屋から出ていくと手の中のものを確認する。
それは、黒のキングだった。
(彼からの答えは、イエス)(これで下準備は整った)(さあ、私のゲームのはじまりはじまり!)
(後は進むのみ。勿論引き返すのは、無しの方向で)
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