眠り姫は夢から醒めたpart1 | ナノ
その姫、胸中1/2

「まった負けた…!!」

「お前は本気で僕に勝つつもりなのか?」

鼻で笑って不敵に口角をあげたシエルは腕を組んでチェス盤を眺める。
そんな彼とは対照的に、私は椅子に背を預けて天井を見上げた。

「リユは戦法を立てるのが下手すぎる」

「…戦法、とか立ててないですもん」

猪突猛進!
思うがままに突き進んで何が悪いんだ。
……いや、悪いんだけど。
それは分かっているんだけど…

「僕はお前がどうしてもと頼むから、わざわざ時間を割いてチェスのルールを教えてやったんだぞ」

なのにこの様はなんだ、と彼は私から奪った黒のキングを手に取った。
黒にしたら勝てる、と思ったんだけどな。

「リユが勝つなんて未来永劫あり得ないだろうが、僕が教えてやるからにはもう少し腕をあげてもらいたいものだな」

「可愛い顔で憎たらしい事言わないで下さい」

「だっ、誰が可愛いだと!?」

「まあまあ怒らないで下さいよ、まいろぉどー」

「…本当に気の抜けた奴だな」

溜息を吐くシエルを宥め私は再び駒を並べ直した。

「さあ再び!たのもーっ」


このゲームも惨敗に終わった頃には窓から月が顔を覗かせていた。
時計を確認するとシエルの就寝まではまだ時間がある。

「調子はどうなんだ」

不意に切り出されて、駒で遊んでいた私の手が止まる。
横たわったキングの上にクイーンを乗せて遊ぶ、その名も「かかあ天下ごっこ」を冷たく一瞥し、(そんなに冷めた目で見なくてもいいのに…!)彼はソファに気だるげにもたれ掛かりながら問うてきた。

「稽古、は順調か?」

シエルがこの話題に触れるのは珍しい。
好き勝手させてもらっているが、私が話さない限り彼から話題を振ってくる事はなかったのだ。

「順調です。この前は藍猫ちゃんに相手してもらいましたし、お世話になってるクラレンスさんにも大分動きにキレが出てきたなーって言ってもらいました」

と言っても、せいぜい相手の隙をついて逃げるような稽古位しか出来ないんだけど。
まあ劉とクラレンス曰わく、その一瞬が生死の境目になる事もある、と。

「なんか、あの二人が言うとリアリティありすぎなんですよー、……?」

此方をじっと見ていたシエルは、何かを言いかけてすぐに口を閉ざした。
それから急に思いついたように悪戯な笑みを浮かべる。

「なんなら今度セバスチャン相手に遊んでみるか?」

「はい!?シエルさんは私を血祭りにあげる気ですか?こんなにキュートなリユちゃんに何か恨みでも!?」

「まあ…、無い事もないが」

聞き捨てならない台詞を言い放たれた。
しかし、彼はどこかうわのそらと言った感じで暫く口を閉ざす。

…どうやら思考が別のところにあるらしい。
私はその沈黙に合わせて口を閉じた。


「不思議なものだな…」

呟かれたのはシエルらしくない、突飛な言葉。
何が、と訊く前に彼は碧の瞳を此方に向ける。

「これだけ、思った事をすぐ口に出す奴は見たことがない。…それこそ、鬱陶しいくらいにな」

鬱陶しい?え、それって私のこと?
いやいやいや、私のどこが鬱陶しいんだ。こんなにもおしとやかなのに!やまとなでしこ舐めんなよ。

「そう言うところが鬱陶しいんだ」

「何故に心の声を!?」

「リユの考えている事くらいすぐ分かる。単純極まりないからな」

なのに、とシエルは言葉を区切る。

「お前は……、どうして何も言わないんだ?」

「え、」

「美人だの天才だの素敵だの、誰彼構わず口にして騒ぐ癖にいつも肝心な事は黙っているんだろう?」

「そんな事、」

「ない、と言い切れるのか?ならひとつ訊くが、お前がもと居た世界に一度も帰りたいと言わないのはどうしてだ?」

想像もしていなかった事を言われ一瞬思考が止まる。
いきなり突きつけられた質問に、何故そんな事を訊くのかと私は内心酷く動揺していた。

「リユの居た世界がどんなところかは知らないが、少なくとも人の死が日常茶飯事に起こる場所には居なかったんだろう?」

「それは、…そうですけど」

「辛いとは思わないのか」

先程からシエルらしくない言葉が次々に出てくる。
なんだ、今日のご主人さまはご乱心なんだろうか。

「乱心なのはお前の方だ」

「う…っ、」

「僕はこういう話をするのは好きじゃない。だが、無理に作り笑いをしているのなら、その方が気に入らない」

深くソファに腰掛けたまま、彼は射抜くような視線を私に向けた。
普段よりもずっと真剣な面持ちに、私はただその瞳を見つめ返す。

「シエル、さん は、」

意外にも大きく響いた私の声。

名前を呼ばれたシエルは身じろぎ一つせず次の言葉を待っていた。

「私が、作り笑いしてるように見えるんですか?」

「いや、それは」

「貴方が本当に、最初から私の態度を不愉快に感じてたなら謝ります。でも、この顔は生まれつきこんなですから、へらへらしてるように見えても仕方ないんですよー」

私が肩を竦めながら言うと、彼は溜息を吐いて視線を逸らした。

「別に、そんなつもりで言ったんじゃない」

「そっ、か…」

「………………」

「………………」

空気が重い。
時計の秒針の音だけが大きく聞こえ、互いに目を合わせにくくなっていた。

……どうしようかな。
この際だからついでに話してしまおうか。

何も私は謎の多いミステリアスガールを目指してる訳じゃないんだし。
リユちゃんが目指してるのはきらきらキュートなメイドさんなんだよ…!


「シエルさん」

「なんだ」

「私は此処に置いてもらってる事を嫌だなんて思ったこと、一度もないです」

そりゃあ最初は本当に驚いたけど。夢なんじゃないかと何度も思ったけど。

でも確かに目の前の彼らは存在してて。
そして、私の存在を認めてくれた。

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