その姫、強化1/2
昨日まで熱出してたのに…
何で朝からいきなり。
「走らなくちゃいけないのーっ!」
病み上がりなんだよ私は。
なのに何で全裸の変態に追いかけられてるんだぁあ!
「ワンッワンッ!」
「ワンじゃねーよ来るなあーっ!」
朝、1日ぶりの仕事に気を引き締めて使用人室を出たら窓から入ってきた変態魔犬に遭遇してしまった。
「あんたはセバスチャンさんでも追いかけてればいいんですよー」
だから私に付いて来ないで!
広い廊下の角を曲がると向こうから歩いてくる長身の執事が見えた。
「きゃー執事様ー!グッドタイミング!」
「…リユ?」
品良く首を傾げる彼は走って来る私を怪訝な顔で見つめる。
「今日も一段とお美しいですね!」
「一体朝から何を…、」
紅茶色の瞳が私の背後を捉えて動きを止めた。
「私ほんっとセバスチャンさんの事この上ないくらい尊敬してるんですよー。だから助けてヘルプミーー!!」
彼の背後に回り込み、前から走ってくる魔犬から身を隠した。
セバスチャンは小さく溜息を吐いてから正面に向き直る。
「…庭へ行きなさい」
たった一言で、廊下を走り回っていたプルートゥは途端に大人しくなった。
「ワゥ…」
悲しげな声で鳴いてから魔犬は外へ出ていく。
セバスチャンの燕尾服にしがみついていた私は、ほっと胸をなで下ろす。
「…朝から元気ですね」
「ですよねー」
「アレでなく貴女が、ですよ」
気付けば紅茶色の瞳が此方を見下ろしていた。
時々セバスチャンは何かを見透かそうとするかのように私を見る。
今見上げている瞳も、そうだった。
「リユ、貴女昨夜…」
「あ、廊下走ってすみませんでした!では今日も1日働いてまいります!」
彼の言葉を遮って、ダッシュでその場を後にした。
昨日の夜、…の記憶は何となく残っている。
嫌な夢の内容ははっきりと覚えてるし、悪夢の中で誰かにしがみついていた事もぼんやりと思い出した。
泣いていたような気もするけど、その理由を彼に訊ねられたくはない。
精神的にも強くならなくちゃ、やっていけないな。
天使さんにも喧嘩売っちゃったし。
「でもなぁ…具体的にどーしていいのか分かんない」
「なら我が協力してあげるよ」
後ろから聞こえてきた足音に振り返ると、鮮やかなチャイナ服に身を包んだ劉と藍猫が立っていた。
「あ、おはようございます。2人共、泊まられてたんですね」
「伯爵がどうしてもって言うからねー。で、何が分からないんだい?」
なんにも知らないまま協力するって言えるのは流石だと思う。
呑気に笑う彼に私は考えていた事を話してみた。
話を聞き終えた彼は顎に手を添え廊下の壁にもたれ掛かる。
「ふーん…強く、ねぇ」
「私これといって出来る事もないけど、これから先誰かの足を引っ張るような事だけは極力避けたいなって」
何かある度に助けられてばかりじゃこの世界では生きていけない。
それは初めから分かっていた。
この屋敷の使用人が、ただの役立たずじゃない事も知っている訳だし。
だからせめて。
「自分の身くらいは自分で守りたいんですよねー…」
「それは伯爵や執事君に気を使っているのかい?」
「そう言う訳でもないんですけど…」
口ごもる私に彼は首を傾げる。
が、直ぐ何かを思いついたように拳でぽんっと手を叩いた。
「護身術を教えて欲しいなら良い人知ってるよ」
「え?」
「リユ、今から時間はあるかい?」
廊下の壁から背を離し劉は楽しそうに訊ねる。
「これから掃除が…」
「よし。なら我が伯爵に話してくるよ。ねぇリユ、今から我と藍猫と3人でデートしようか」
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