眠り姫は夢から醒めたpart1 | ナノ
その姫、既知3/4

風が、朝の香りを含みながら吹き抜けていく。

フィニは先に戻り、私は一人その場に立ち尽くしたままカサブランカを見つめていた。

「…ごめんなさい」

呟いた一言は風に消されていく筈だった。
けれどそれは、いつの間にか背後に立っていた彼に聞かれてしまった。

「何に謝っているのですか?」

「っ別に…、独り言です」

振り返らずに言い返す。
今はあの紅茶色の瞳を見たくなかった。

なのに、白い手袋を嵌めた手は私の肩を掴んで無理矢理そちらを振り向かせる。
そのまま顎を持ち上げられれば、煌々と光を放つ紅い瞳に吸い寄せられた。

「泣きたいなら泣けば良いのに」

クスリと笑ったセバスチャンは私の瞳を覗き込む。

「またですか?マダムの時と同じ様に、今度はジェームズさんと彼の犬を救えなかったと悔やんでいるのですか?」

救えなかった?ううん違う。
救えなかったんじゃなくて私は救おうとしなかったんだ。

こうなる事を知っていたのに、彼が死ななければシエルの仕事がしにくくなると思ったから。
黙って、見捨てた。

マダムの時みたいに面識があった訳でも、向こうの自分の世界に居たとき思い入れをしてたキャラでもなかったから。

まるで悪魔みたいだ、と思った。
私だって今は目の前に居る彼と変わらない。
いつ死ぬのか知ってる人を助けようとしたり、見捨ててしまったり。

でも、私は悪魔にはなれない。
だからずっとイライラしていた。
彼らをどうすることも出来なくて。

涙を堪えセバスチャンを見つめ返した。

「悔やんでなんかいません。それに、私泣きませんから」

執事さんは私を泣かせたいみたいだけど。
悩む度に泣いてたんじゃ涙枯れるし。

「随分強気なんですね。まあ、そんな所も見ていて厭きませんが」

顎を捉えていた指が離れる。

あー、首痛かった。
物凄く身長差のあるセバスチャンを見上げているのは辛い。
綺麗な顔眺めてるのは好きだけどねー。

「帰りますよ。坊ちゃんがお待ちです」

歩き出した燕尾服の後ろ姿。

「セバスチャンさん、」

呼び止めると整った顔が怪訝そうに振り返った。

「どうしました?早く行きますよ」

「天国ってあるんでしょうか」

私の発した質問に彼は一瞬固まった。
それから肩を竦めて告げる。

「さあどうでしょうね。私には縁がありませんから」

「そう、ですよね…変なこと訊いてすみません」

早く行かないとシエルさんに怒られますね、と歩き始めると、その場に立ち止まっていたセバスチャンが私の腕を掴んだ。

「私なら、例え天国があったとしても手の中に墜ちてきた獲物をそんな所へ逃がしたりはしませんがね」

鋭く光った紅。
彼の瞳には、全て見透かされているような気がした。
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