その姫、既知2/4
「あ、居た。シエルさーん」
「リユ!?」
うわあ、本当に温泉出来てるよ。
広々とした大きすぎる風呂に浸かるシエルと傍らにしゃがんでいたセバスチャンは走ってきた私に目を丸くした。
「殿方の入浴を覗く趣味はないんですけどー…、お二人ともお疲れさまでした」
「わざわざそれを言いに来たのか?」
シエルの問いに頷こうとしたらじっと此方を見つめる紅茶色の瞳と目があった。
そして、そのまま伸びてきたセバスチャンの手に頬を撫でられる。
「え…ど、どうしたんですか…」
「花の香りがします」
「花?」
聞き返すシエルに彼は微笑を浮かべた。
「はい。リユ、貴女花畑にでも行ってきたのですか?」
「…ああ!違いますよ。さっきお花屋さん見つけて寄り道してただけです」
「意外だな。花屋なんてこの村にあったのか……、それにしても…」
シエルが目を向けた先には賑やかに働く村人達の姿があった。
彼は碧い瞳にその光景を映しながら言う。
「あの陰気な村が随分な変わり様だな。女王の憂いもこれで晴れただろう」
「私の憂いは続きそうですがね」
溜息混じりに呟くセバスチャン。
その視線の先には湯の中で泳ぐ銀髪の青年居た。
ん?そう言えばアレって……
「ああリユ、アレが魔犬の正体だ。屋敷で引き取ることにしたからな」
犬嫌いだそうだがまあ頑張れ、と彼は笑いながら告げた。
すると隣にいたセバスチャンも笑みを浮かべる。
「貴女には是非ともアレの世話をお任せしますね」
何を言うんだ腹黒執事。
「絶対、嫌です」
「大丈夫ですよ。貴女もアレと同じくらい変わってるんですから」
良かったですね仲間ができて、と微笑む彼を思わず湯に沈めてやりたくなった。
口に出しては言わないけどね。
「よし。後はオレ達の荷物積んだら終わりだな」
翌朝、馬車に荷物を積んでいるとフィニが居ないことに気付いた。
「メイリンさん、私フィニ呼んできますね」
「荷物はもうないアルか?」
「はい。じゃあちょっと行ってきます」
彼の居場所なら知っている。
ジェームズの飼っていた犬を埋めた場所の筈だ。
屋敷の急な坂を下りその場所まで行くとしゃがみ込んだフィニの後ろ姿があった。
「フィニー!」
「えっ?」
振り返った彼に私は手に持っていたものを差し出した。
ふわりとそれが風に揺れる。
「リユ!うわあっ…これ、」
「綺麗でしょ?カサブランカ。わんこさんのお供え」
私が差し出したのは昨日花屋で頼んでおいた大きなカサブランカの花束。
真っ白な花束を地面に置きフィニの隣に腰を下ろした。
「今頃きっと、ジェームズさんと天国で仲良く暮らしてるよ」
私の言葉にフィニは笑顔で頷いた。
「うん。そうだね」
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