その姫、既知1/4
アンジェラ・ブラン。
ハウンズワース村の屋敷に仕えるメイド。
けれどそれは表向きの顔だ。
彼女の正体は人を不浄と嫌悪する冷酷な天使で、いずれシエル達と敵対する存在になるのだと私は知っている。
だからこそこの時間が必要なのだ。
私の記憶が正しければ、みんなが帰ってくるのは夕方のはず。
それまでにしておきたい事は。
「なんか私ホームズみたいじゃない?」
そっとアンジェラの寝室に忍び込み独り言を呟く。
しーんとしてるの嫌なんだもん。
「バスカヴィルの犬はセバスチャンさんに任せたしー、わたくしは黒幕の秘密でも暴く事に致しましょうか」
軽く探偵気分になり鏡に向かってポーズを決める。あ、そんな事やってる場合じゃなかった。
敵の秘密や弱点を調べて知っておくに超したことはない。
何か、何でも良い。
これから先、彼女に立ち向かうために切り札に出来そうなものはないだろうか。
最初に目についたのは質素なデザインの机。
引き出しを開けると中にはペンとインク、日記帳のような物が入っていた。
「これ滅茶苦茶怪しいよね?」
分厚いが小型の日記帳を手に取り、そっとページを捲る。
が、そこには何も記されていなかった。
最後まで確認したが真っ白な紙には一文字も綴られていない。
……変に緊張した私が馬鹿だった。
紛らわしい物置いておかないでよね!
日記帳を引き出しに戻し、次に開けたのはクローゼット。
替えのメイド服やシンプルな服が掛かっているだけで如何にも普通の使用人と言う感じ。
どこかに変わった仕掛けが付いていないかと部屋中を調べてまわったが期待したようなものは何一つ得られなかった。
よくよく考えればこれが普通なのかも知れない。
シエル達を呼び込んだ場所に、自分の不利になるようなものを置いておく筈がないのだ。
窓から見える東の空は薄青に染まり夕方に近い時刻だと知らせ始めていた。
そろそろ部屋を出た方が良いか。
バレたら厄介な事になるし、今バトルするのは流石に避けたい。
結局何も見つける事が出来ないまま、私は彼女の部屋を後にした。
「ただいまー!」
元気良く帰ってきたフィニ達を出迎えると、シエルとセバスチャンの姿がなかった。
「あの2人なら温泉ですだよ」
セバスチャンが湯源を掘り当てたのだと話すメイリン。
「リユさん、屋敷の留守を預かって下さってありがとうございました」
そう言って頭を下げ穏やかに笑うアンジェラに私は気まずさを隠せない。
やっぱり恐いこのヒト。
私は小心者なんだよ…!
「いや、そ、そんなの全然大丈夫です。あ、それじゃあ、ちょっとシエルさんとこ行ってきます」
「あ、おいリユ…!魔犬の事だけどよ、」
バルドの話を最後まで聞く事なく私は逃げるように走り去った。
村は驚く程に活気付き、あの陰気な雰囲気は跡形もなく消えていた。
変わり身が早いというか何というか…
今歩いているこの場所も、その内リゾートとして観光客が沢山やって来るのだろうか。
先の事を想像していると一軒の店が目に入り私は足を止めた。
「花屋……?」
軒先に並べられていたのは明るい色の花々。
幾ら村が活気付いたと言え、質素な町並みには不釣り合いな彩りだった。
もと居た世界では高校生で園芸部だった私。
自然とそちらに足が向いてしまう。
最初に目に入ったのは真っ白な百合だった。
「カサブランカ、お好きなんですか?」
そう言って店の中から出てきたのは茶色い髪を一つに結った若い婦人。
じっと花を眺める私の方へやって来て彼女は笑みを浮かべる。
「贈り物にするなら薔薇なんかも素敵よ?」
「薔薇ですか…」
彼女の示した先には真っ赤な薔薇があったが、セバスチャンが手入れする屋敷の白薔薇を見ている私にはどこか物足りなく思えた。
花屋の婦人は一本薔薇を手にとって此方に差し出す。
「薔薇には色んな花言葉があるのよ。それは赤だから…愛情ね」
それくらい知ってるよと思いつつ、私は“花言葉”と言う単語にある事を閃いた。
「あの、薔薇の枝ってありますか?」
「枝?それなら裏庭に咲かせてる薔薇があるけど…」
「ほんとですか!それじゃあ、あと…」
†
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