その姫、啖呵2/2
「すごいね君は。最後までご主人様を守ろうとしたなんて」
ヘンリー卿が連行され私達も解放されると、フィニは動かなくなったジェームスの犬に駆け寄った。
もうすでに冷たくなったその亡骸を抱え、彼はぎゅっと抱きしめる。
「頑張ったね、頑張ったね…っ」
涙を流し始めるフィニ。
その姿にセバスチャンは冷たい視線を向けて呟いた。
「だから、犬は嫌いなんです」
悲しむフィニの涙につられるように、空からも雨が降り出した。
事件は解決したと思われたその夜。
牢に入れられていたヘンリー卿が村の外れで死体で発見された。
片腕はまるで犬に引き千切られたかのように無くなっており、やはり魔犬はいるのだ、と村人達は騒ぎ出す。
晴れない気持ちをそれぞれに抱きながら次の日を迎える。
今はシエルのスイーツタイム。
ああ、キャビネットプティング美味しそう…
「やけに呑気じゃないか」
スイーツを差し出す執事にシエルが問いかける。
「慌てる必要はありませんので」
その時、部屋にメイリンが飛び込んで来た。
「セバスチャンさーん!!」
「何事ですか騒々しい」
「アンジェラさんが何処にも居ないんです」
メイリンに続いてやって来た不安げなフィニに、私の隣に立っていたバルドがああ、と口を開いた。
「なんか沼地の近くに薬草が生えてるらしくってよ。摘みに行くって言ってたぞ?」
「一人で沼地に…?」
「魔犬が居るかもっていう時にですだか?」
「あっ、やべえ…」
目を見開いて焦るバルド。
「どうしてこんな時に薬草なんか…」
「お、おう。お前の顔色が悪いのを気にしてたみてぇだけど…」
自分の為だと知ったフィニは、アンジェラを捜そうと部屋から走り去ってしまった。
後を追おうとしたバルドは、未だ主人の傍らに佇む執事とその横に突っ立ったままの私に目を向けた。
「リユ、セバスチャン、オレらも行くぞ!」
「はあ……」
張り切る彼と対照的にセバスチャンは曖昧に返事をする。
「なんでぇ!お前には赤い血が通ってねぇのか?もういい。行くぞメイリン、リユ!」
「はいですだ」
「はーい…」
「行くぜ野郎共!」
私は部屋を出ていく彼らの後に続き……気付かれないよう屋敷を出る手前で立ち止まって再び部屋に帰ってきた。
戻ってきた私を見て、これから出ていこうと席を立ったシエルとセバスチャンは不思議そうな顔をする。
「どうかしたのですか?」
「え、別に」
「お前は行かないつもりか…?」
当たり前じゃん。誰があんなインチキメイド捜しに行くか。
「はい行きません。こればっかりは言う事聞きませんからねー」
「まだ此処に連れて来た事を根に持ってるのか…」
軽く溜息を吐きシエルは好きにしろと呆れたように言った。
「頑張って下さいねーセバスチャンさんファイトー」
ええ、と頷き笑みを浮かべたセバスチャン。
しかし彼が、ほんの一瞬鋭い視線を向けた事に気付かないふりをして私は2人を送り出した。
(誰も居ない屋敷は、)(私にとって絶好のチャンス)(目指すはバリモアカンスル2階、メイドの私室)
(あ、でも先にシエルの残したプティング食べとこ……やば、美味しすぎる!)
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