その姫、啖呵1/2
鎖で繋がれた一匹の犬に何匹もの犬達が襲い掛かる。
その様を見て騒ぎ立てる村人達の光景は寒気がするほど異様だった。
どうしてそんなに惨い事が出来るのか。
いざとなれば人は人を殺す事だって出来るのだから、その問いは不適切なのかもしれないけれど。
だけど。
それを見ていられない人間だっているのだ。
「…やめてよ」
私の隣に立っていたフィニが小さく呟いた。
「駄目だよ、こんなの………可哀想じゃないかー!!」
村人達の間を通り抜け走っていった彼は大きな木の杭をやすやすと引っこ抜いた。
「やめてよー!!」
フィニは叫びながら犬の方へ突っ込んでいく。
一匹の犬に襲いかかっていた犬達は一瞬で吹き飛ばされていった。
その様子に悲鳴を上げる村の老婆。
私達がフィニの方へ駆け寄ると、周りを取り囲んでいた村人達が詰め寄ってきた。
「邪魔したぞ」
「神聖な裁きを…」
彼らの瞳に宿るのは、何かに取り憑かれたような狂気の色。
口々に言葉を呟きながら押し寄せる村人に、私達は拘束されてしまった。
まとめて縛り付けられた使用人の私達とは対照的に、シエルは鎖で壁に繋がれた。
そんな彼を見て口元を歪めるヘンリー卿。
「いい様だなマルチーズ」
「ご主人様、どうかお願い致します。この方達をお許し下さい」
背後に立っていたアンジェラの頼みに奴は尊大な口調で言う。
「そうよな。このポメラニアンは仮には陛下の遣い。話によっては見逃してやらんでもないぞ。この村から手を、」
「うるさい…っ!!」
突然の怒鳴り声にその場にいた全員が声の主に視線を向けた。
一斉に注目されたのは、他でもなく使用人のみんなと一緒に縛り付けられているこの私。
腕を組んだヘンリー卿を見据え、私は奴に負けないくらい尊大な口調で告げた。
「何が、話によっては見逃してやらんでもないぞ、ですか。私、あんたみたいに偉そうな人大っ嫌いなんですよねー。こんな事して何が楽しい訳?まあ粋がってられんのもせいぜい後30秒ってとこだろーけど」
極めつけに嫌みったらしく笑ってやると奴の癇に障ったのか、ヘンリー卿は私の方へ一歩踏み出した。
「何を生意気な!口の効き方に気をつけろ。この雑種めが!」
雑種だって……?
ああ、もう駄目だ。ただでさえイライラしてたのに、我慢も限界。
「黙るのはそっちだろこの変態!!大体ねーその何でもかんでも犬に例えるのやめてくれません?私はどっちかって言ったら犬じゃなくて猫なのっ!それも雑種じゃなくて血統書付き…!ここ大事ね!」
「おっ、おい…落ち着けリユっ」
バルドが横で何か言ってきたけれど頭に血が上った私にはそれ所じゃなかった。
一度開いた口はなかなか塞がらない質なのだ。
「それと、ついでに言わせてもらいますけどセバスチャンさんだって全然犬じゃないし!あれのどこがドーベルマンな訳!?」
「何故リユがそんな事を知ってるんだ」
お前はあの場に居なかったはずじゃ、と今度はシエルが声をかけてきた。
「今はそんな事どーでもいいのですよシエルさん!それよりねーセバスチャンさんは例えるなら鴉でしょ!?あの憎たらしい程の狡賢さがまんま生き写しじゃん」
「リユ…っ話題がずれてるだよ」
「そうだぞ落ち着け!」
「ほっほっ」
それでも言い足りない私は、怒りに震えるヘンリー卿に向かってとどめの一言を投げつけた。
「MのくせにSぶってんじゃねーよ!このド変態っ!!」
「う、うるさい黙れ…っ!小型犬の分際で好き勝手にほざきよって!」
奴は憎々しげに私を睨みつけてから、鎖に繋がれたまま唖然と此方を見つめるシエルに向き直った。
「このよく吠える野良犬を見逃すなど言語道断だがお前は別だ。この村から手を引け。そして二度と触れぬよう陛下に進言するのだ」
「……そこまでしてこの矮小な貴様の王国を守りたいのか?妄執とは貴様の為にあるような言葉だな」
侮蔑を含んだ冷たい言葉にヘンリー卿は顔を歪めた。
「ならば思い知れ。わしに逆らう悪い犬がどうなるか。やれ!!」
合図と共に後ろに控えていた犬達がシエルめがけて襲い掛かった。
が、その場に突然現れたのは黒い影。
漆黒の執事によって牙を剥き出しに走ってきた犬は全て蹴散らされた。
「遅いぞ」
「申し訳ありません。マイ・ロード」
涼しい顔で謝罪を述べるセバスチャンは、周りを取り囲んで唸り続ける犬を冷たい眼で見下ろした。
「嗚呼、なんと喧しく粗野な声」
今にも飛びかかってきそうなそれに彼は眉根を寄せ紅い瞳を光らせる。
「だから犬は嫌いなんです」
声音から滲み出るのは激しい嫌悪感と冷徹さ。
人間以上に敏感にそれを察した彼らは途端に尻尾をまいて大人しく平伏した。
その様子に動揺するヘンリー卿と村人達。
「茶番はここまでだ」
シエルの凛とした声が辺りに響いた。
「聞け。村の者達よ。魔犬などいない。いるのはただ権力の妄執に駆られたその哀れな老人だけだ」
焦り始めたヘンリー卿にセバスチャンは次々と証拠を見せていく。
光る犬と足跡はリンを使い、巨大な影は映写機での仕掛け。
そして、亡くなったジェームスの犬がずっとくわえていた布はヘンリー卿のズボンの切れ端だった。
動かぬ証拠と、今までそんな子供騙しに操られていたと知った村人はあっという間に態度を変えて、怒りの矛先を村の支配者に向けたのだった。
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