その姫、休暇1/3
馬車に揺られながら、後ろから聞こえてくるのはフィニ達の楽しそうな声。
リゾートリゾートとそれはもう嬉しそうに。
「幸せな人達ですねぇ。感謝されているようですよ、お優しい坊ちゃん」
「連中だけ残して屋敷を破壊されても困るからな」
「確かに。…それにしても、」
馬車を操りながら、セバスチャンは紅茶色の瞳をシエルの隣に座る私に向けてきた。
「前、見ないと危ないですよー」
目を逸らして呟くと呆れたようにシエルが溜息を吐く。
「いい加減機嫌を直せ。何がそんなに不満なんだ」
わざわざ僕の隣にまで座らせてやってるのに、と小さな伯爵は足を組み直す。
「不満だなんてぇ、とんでもないですー」
「「…………」」
なんなのその沈黙。
私は行きたくないって言ったのに駄目だとか言うそっちが悪いんじゃないか。
本っ当に、この先会いに行く御方にはお目にかかりたくない。
暫く進んだ馬車がぴたりと止まった。
「此処が村の入り口のようですね」
セバスチャンの言葉に反応する使用人のみんなは、目の前に広がる光景に一瞬動きを止めた。
「「「おー……、っうわぁああー!!」」」
3人の叫び声が広々とした草原に響き渡る。
鎖の吊された不気味な木。
地面には幾つもの骨が埋まっている。
その様子は、とてもリゾートとは言い難い。
「言い忘れていたが此処はそのリゾートの建設予定地だ」
「「「坊ちゃん……」」」
うなだれる3人と穏やかに笑うタナカさん。
再び、馬車がゆっくりと動き出した。
その後、不気味な村人のお婆さんに出会い、村人の行方不明や惨殺事件の原因究明も仕事だと言うシエル。
鐘の音と犬の鳴き声がする町に入ると、あちこちで犬の訓練がされていた。
「飴と鞭で意志をねじ曲げ従順を強いる。素敵な光景ですね。ですが犬も犬です。媚び諂い喜んで首に鎖をつけられる。全く理解し難い」
不意に話し出したセバスチャンにシエルは眉を潜めた。
「言いたい事があるならはっきり言え」
「では御言葉に甘えて。私、猫は愛しているのですが犬は少々苦手、と言うか、はっきり言って嫌いですので」
そう言ってセバスチャンは此方を振り返った。
その裏にある不機嫌さと嫌悪感を微塵も感じさせない笑顔で。
そんな彼に、わん。と吠えるシエル。
「…私も嫌い」
「「え?」」
ぽつりと呟く私に2人が反応する。
……後ろ向きながら馬車操るとか器用すぎるよセバスチャン。
「お前も犬が嫌いなのか?」
目を丸くしてシエルが此方を見つめる。
「犬って言うか、むやみやたらに吠えるのが嫌いなんです。後、躾のなってないやつ」
「そうでしたか。それは奇遇ですね」
「ねー」
楽しげに笑うセバスチャン。
その様子は、幾分機嫌が良くなったふうに見えた。
あーあー。
とうとう着いちゃった。
屋敷から出て来たメイドさんの姿に、私は思わず身構える。
馬車へ走り寄ってきた清楚系美人メイドはセバスチャンを見上げて言った。
「ファントムハイヴ伯爵でいらっしゃいますか」
「ええ」
「バリモアカンスルへようこそ。ご主人様がお待ちしております」
頭を下げるメイドさんに使用人のみんなは身を乗り出した。
「おお、」
「き、きれいな人ですだ」
フィニは目をキラキラさせて彼女を見つめる。
その様子に溜息を吐いてセバスチャンに視線を移すと、彼は感情の籠もらない眼でメイドを見下ろしていた。
「へぇ、メイドはあんた一人なのか。このお屋敷で」
「すごいですだ。尊敬しますだよアンジェラさん」
使用人室で椅子に腰掛けながら楽しげに談笑するみなさん。
「そんなことありません。私、至らない事ばかりで」
うわぁ謙虚ですねーと心の中で思っていたら彼女が急に此方を向いた。
「あの、リユ、さん…?お座りになりませんか?」
「そうだぞリユ。お前なんでそんな隅っこに居るんだ?」
テーブルから離れ壁にもたれ掛かっている私にみんなの視線が集まる。
「なんでって…」
そこで微笑んでるメイドが恐いからだよ。
「あ、アンジェラさんが美人さんすぎるから…」
とっさに思いついた事を言えば、彼女はそんなことないと首を振る。
「まあとにかく、なんか手伝える事あったら言えよ。使用人同士仲良くしようぜ。なっ、フィニ」
「えっ、うん。もちろん!」
元気な返事にメイドさんはにこりと微笑んだ。
「お優しいのですね、みなさん」
と、その時慌ただしく呼び鈴がなり彼女は はっとして立ち上がった。
「あっすみません。ご主人様がお呼びですので私はこれで」
演技上手いよなぁ、執事さんと良い勝負じゃない?
なんて思いながら、走り去ったアンジェラを見送った。
†
next
[
戻る]