その姫、曖昧3/3
「…あ、」
そうだった。
私は変装を解いた彼に向かって堂々と名前を口にしたのだ。
初対面であるはずの、あの姿の死神に。
しまった…!!
ど、どうしよう。
そこまで言い訳を考えてなかった。
ああ、そう言えばセバスチャンも私に言ってたじゃないか。
無言で此方の応えを待つシエル。
勘です、とか言ったら、セバスチャンにシルバー投げろとか命令するかな。
あ、とにかく何か言わないと。
「あ、あの」
「分かった」
ん?何が…、
私まだ何にも言ってないのに。
「それがリユの言えない秘密か」
「……ぇ」
あれ、もしかしたらもしかしなくても私、墓穴掘りました…?
「死神の時といい、悪魔の時といい、お前はつくづく動揺を見せない。そこにお前の言えない事があるんだろう?」
まさに核心を突かれて言葉を失っていると、彼は意外な事を口にした。
「その様子だと外れてはいないようだな。だが安心しろ。これ以上問いただすつもりはない」
「…坊ちゃん」
この部屋に入ってから初めて、セバスチャンが言葉を発した。
そんな彼に目を向けシエルは言う。
「彼女は僕に危害を及ぼせるような存在じゃない。見ての通り嘘一つ巧くつけないような奴だ」
うっ…酷い言われようだな。
「だからこれ以上問いただす必要はないし、これ以上構っている暇もない」
椅子から立ち上がり、彼は此方を見下ろした。
「話は終わりだ。仕事に戻れ」
屋敷の大きな窓を拭いていると曇り空の間から滴が降ってきた。
だんだんと激しくなる雨の音が不思議と心地良く感じられる。
いつ降り出すか分からない、曖昧な曇りの天気よりは。
シエルがあんなにあっさりと退いてくれるとは正直思っていなかった。
ぶっきらぼうな言い方だけど、なんとなく優しさみたいなものを感じる。
……そんなキャラだったっけ、あの子。
画面を通して観るのと実際に目の前で話すのとは、こうも差があるんだろうか。
まあ、とにかく。
最初から私が彼等を知っていたと言うのは、何とか隠しきれたから良かったけれど。
大変なのはこれからだ。
この一つの物語が佳境に近づくにつれて、私は何度も、考えて選択していかなければならない。
逃げ腰になったり嘘をついたりばかりはしていられないのだから。
「あ、メイリンさん…」
バタバタとシーツを抱えて屋敷に帰ってくる彼女の姿が見えた。
手伝いに行かないと。
雨の中転んだら大変じゃん。
窓拭きを中断し、私は勝手口へと走っていった。
(メイリンさーん!大丈夫ですか!?)(リユ…!手伝って欲しいアルよ)(あ、そんなに走ったら…って危なっ、わぁああー!!)
(本当の物語は、まだ始まったばかり)
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