その姫、曖昧2/3
「ふああぁ、ねむ…」
やっぱり中途半端な時間に起きたのは良くなかった。
さっきからあくびが止まらないんですけど。
「…リユ」
きゃー睨まないでシエルさん。
可愛い顔が台無しだよ。
「だってあくびが止まらないのですよー」
「ふざけてるのか?」
「…すいません。真面目になります」
朝食後、シエルに呼び出され向き合う形で椅子に座る。
彼の後ろでは燕尾服の執事さんが感情の読めない瞳をこちらに向けてきていた。
ふうっと息を吐いてからシエルは私を見据え口を開く。
「お前にはまわりくどい問い方はしない。リユ、単刀直入に訊く。お前は一体何者なんだ?」
わお、物凄くストレートですね。
私は気持ちを落ち着けるように深呼吸してから、彼を見つめ返した。
「お前は最初、未来から来たと言った。突飛な話だったが、それが嘘でないと何度か会話するうちに分かってきたんだ」
しかし、とシエルは続ける。
「死神はお前を異端だと言った。此方の世界の人間でない、と。本当にリユが未来から来たのなら、奴の言った事とは噛み合わないだろう」
彼は目で、この矛盾をお前はどう説明するんだと問いかけてきた。
分かりません、知りませんなんて言葉は通用しない。
きっとシエルは、ある程度推測してる筈。
そして私は、その考えからかけ離れた答えを言ってはいけない。
シエルの推測は、抜かりなく私の言動を監視していた執事の意見を基に出来ているのだから。
下手な嘘はつけない。
だからと言って洗いざらい話す訳にもいかないけれど。
これは賭だ。
彼が、目の前の小さな伯爵が、どこまで私を信じてくれているかの。
「シエルさんは、此処とは違う世界の存在とか信じますか?」
「異世界、と言う事か」
「はい。…私は此処とよく似たもう一つの世界の未来から来たんだと思います」
「どういう意味だ?」
眉を潜めた彼に説明を始める。
慎重に、言葉を選んで。
「今、シエルさん達の生活してるこの世界と良く似た世界があるんですよ、たぶん」
言い切りは禁物。
これはあくまでも、私の“考え”として受け取らせないといけない。
「最初は本当に、私の知ってる19世紀のイギリスに来ちゃったんだと思いました。でも生活してるうちに何か違うなぁって。もしかしたら、よく小説とかであるように、違う世界に来たのかも知れないって思ったんです」
碧の瞳が一瞬だけ私から目を逸らし、後ろに控える執事を横目に捉えた。
紅茶色の瞳はそれに応えるように深みを増す。
再び此方を向いた視線に私は話を続けた。
「ずっと疑問に思っていたら、グレルさんにはっきりそう言われて。その時初めて、私はこっちの世界の人間じゃないんだって気付かされました」
「…そうか」
納得してくれたのだろうか、少なくとも頷いたシエルからは私の言葉を怪しんでる感じはしない。
「一つ訊きたい」
「え?」
「ロンドンでの夜、お前はマダム達とのやりとりをずっと隠れて見ていたのか?」
「いや、シエルさん達途中で見失ったから…」
見つけた時には、グレルがマダムを手にかけようとしている所だった。
それで私は ――
「なら、」
思考を遮るようにシエルは言った。
「何故あいつがグレル サトクリフだと知っていたんだ?」
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