その姫、居所1/3
小さな窓から差し込む、午後の日差し。
私の頬を涙が一筋伝っていった。
泣くつもりなんてなかったのにな、そう言って笑ったが、クラレンスは真剣な顔のまま私を見つめ返す。
「ほんと、泣くつもり、なかったの、に」
喉の奥が詰まり上手く声が出せなかった。
熱くなった目から涙が流れ出す。
それと同時に、堰を切ったように感情が溢れ出した。
「人が、亡くなり、ました…」
「ああ、」
呟く私に彼は頷いた。
「凄く、良い人だった。でも私は…、彼女を助けられなかった…」
本当に助けたかったのなら、もっと早くに行動すれば良かったのに。
結局、ぎりぎりまで動けなかった。
「私は…弱いんです、よ」
そして、狡い。
雨の中倒れた、マダムの瞳。
見開かれた目は、楽しみは勿論、哀しみや憎悪さえ、もう二度と写せないのだ。
そうなったのは、私のせいでもあるんじゃないか、そんな風に考えると耐えられなかった。
俯くと、涙が膝の上で握っていた拳にかかる。
「先を知ってても…、どうすることも、出来ないんですよ…」
私じゃなく、もっと賢い人ならば。
他にもいろんなやり方があったのかもしれない。
けれど此処にいるのは私で、あの結末を知っていたのも私で、マダムを助けたいと行動を起こしたのも私なのだ。
全ては失敗に終わったけれど。
ふいに頬にぬくもりを感じ、ゆっくりと顔を上げた。
クラレンスはそっと手を添え口を開く。
「リユ、そうやって責めるのはやめろ」
静かな声が小さな店内に響いた。
「分かってるんだろう?そんな風に苦しんだって仕方ないって事くらい」
終わったことを幾ら泣いて悔やんでも何も変えることは出来ない。
そう、分かってる。
でもどうしようもないくらい辛かった。
あんな風に、目の前で人が死んでしまったのだから。
でも、シエルの前で泣く訳にはいかなくて。
使用人のみんなにも、そんな姿は見せられなくて。
彼らは私なんかより、ずっと辛くて重いものを背負いながら、それでも強く笑っていられる人だから。
だから、ここへきてから本当に初めて、自分は1人なのだと気付かされた。
甘い考えで、自分の足で立つこともままならない私が、弱音を吐ける相手などいないのだ。
けれど。
頬から手を離したクラレンスは椅子に座っている私の隣に屈み込んだ。
空色の瞳がこちらを見上げる。
「話なら俺がいつでも聞いてやる。独りで抱え込むのは身体に悪いからな」
「…ありがとう、ございます」
優しい笑顔に、また涙が出た。
赤くなった目の腫れがひく頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「そろそろ帰るか?」
「ん…、もう開店前ですか?」
「まあな。けど、あんたが良いなら居てても構わない」
「ほんとですか?じゃあ仕事手伝います」
シエル達はまだロンドン。
帰ってくるのは、きっと明日だろう。
「なら外のプレート掛けといてくれるか」
「はーい」
扉を開け外へ出ると、ひんやりとした夜の空気が肌を撫でる。
まだ熱の残った頬には心地良かった。
「おや?君はー」
店の中へ戻ろうとした時、不意に後ろから声が掛かった。
聞き覚えのある声を振り返ると、そこに立っていたのは見知った男性。
「劉さん…?」
「やあ久しぶりー。元気だった?」
「……この前まで一緒に居たじゃないですか」
「あれ?そうだっけ?」
相変わらずの彼。
けれど今はそんな事よりも。
「なんでこんな所に、おられるんですか?」
と言うか、ロンドンに居たはずじゃ。
不思議に思っていると彼は意外な事を口にした。
「我は、ここの常連なんだ」
そう言って“チェリーブロッサム”の看板を指差す。
私は思わず間抜けな顔で看板を見返した。
すると、鈴の音と一緒に扉が開き、中から店主が出て来た。
「リユ、何かあっ…」
クラレンスの視線が劉へと移る。
「やあ、レン。久しぶりだね」
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