その姫、異端1/3
私の身体を貫いたデスサイズと、飛び散る血の赤。
異変に気付いたのは、そのすぐ後だった。
「だからヤだったのよ。アンタと関わるの」
グレルの悪態。
それと同時に、私の後ろでデスサイズに切り裂かれたマダムからシネマティックレコードが流れ出した。
「な、んで…」
私が彼女の盾になった筈なのに。
確かに私を貫いた筈なのに。
何でマダムに…
茫然と立ち尽くす私の間を、彼女の人生が一瞬で駆け巡っていく。
哀しく儚い、時の流れが。
「アタシは返り血で真っ赤に染まったアンタが好きだったのよ、マダム レッド」
赤い死神が私の横を通り過ぎ、倒れたマダムに歩み寄る。
「こんなくだらない女だったなんてガッカリ。アンタに赤を着る資格はないワ」
彼は真っ赤なマダムのコートを取り上げ、それを羽織った。
「チープな人生劇場はこれでおしまい。サヨナラ、マダム」
冷たい言葉と共に、その場から去ろうと背を向けるグレル。
私は、震える声で彼を呼び止めた。
「待っ、て…待って下さい。グレルさん…」
「何よ小娘」
「何で、私、斬られてないんですか…?」
デスサイズで貫かれた身体には、傷ひとつ付いていなかった。
困惑する私に彼は鼻で笑って、髪を掻き上げた。
「アンタ、自分がどういう存在か分かってる?」
「え…?」
「アンタは物凄く厄介な存在だワ。だからアタシは、関わりたくなかったのヨ。神にも裁けない異世界の人間なんて」
神にも裁けない?
何それ、どういうこと…?
理解できない、そんな目を向ける私に、彼は眉間に皺を寄せた。
「デスサイズはねぇ、魂そのものを刈り取るの。で、その時に巡るのがシネマティックレコード」
つまり、とグレルはめんどくさげに話を続けた。
「異世界から来たアンタは、魂もシネマティックレコードもこっちのものじゃない。だからアタシに、アンタは刈れないのヨ」
「じゃあ、私って死なないんですか」
「バッカじゃないの?小娘如きが不死身な訳ないでしょ。デスサイズじゃ刈れないってだけヨ」
人間の使う銃や剣でなら、アンタなんて一撃ね、冷たく笑い彼は最後に言い放った。
「この世界で死んだ時、アンタは本当の意味で終わり。異端の魂は消滅してオシマイ」
死神にも回収できない異端の魂。
余りにも唐突な話に頭がついていかなかった。
再び背を向けて去っていくグレル。
シエルの声が耳に入るまで、私はすっかり彼等の存在を忘れていた。
「セバスチャン、何してる」
静かに響く、幼さの消えた声。
「僕は切り裂きジャックを狩れと言ったんだ。まだ終わっていない」
赤い死神の歩みが、ぴたりと止まった。
シエルは闇色の執事に命を下す。
「ぐずぐずするな。もう一匹を早く仕留めろ」
その口元に弧を描いて。
「御意」
執事は、主人に言葉を返した。
「ンフッ、見逃してあげようと思ってたけど、そんなにお望みならイかせてあげるワ」
チェーンソーが唸り始める。
「2人まとめて天国にネッ!」
グレルはセバスチャンに斬りかかった。
が、彼はそれを優雅にかわす。
「天国ですか」
姿を消した、そう思った時にはデスサイズの上に乗っていた。
「縁がありませんね」
すらりと伸びる彼の脚。
その攻撃をギリギリでかわし、グレルは大声で叫ぶ。
「アンタ今レディの顔狙ったでしょ!?この人でなし!」
「でしょうね。私はあくまで執事ですから」
「悪魔が神に勝てると思ってんの?」
嘲りを含んだ死神の言葉に、悪魔は冷静に答える。
「どうでしょう」
紅い瞳が、小さな主を捉えた。
「しかし、坊ちゃんが勝てと言うなら勝ちましょう」
「そんなちんけなガキに随分入れ込みようじゃない。妬けちゃうワ。例え悪魔でも、デスサイズで刈られればホントに消滅しちゃうのヨ、コワくないの?」
「全く。今のこの身体は魂も毛髪の一本に至るまで主人のもの。契約が続く限り、彼の命令に従うのが執事の美学ですから」
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