眠り姫は夢から醒めたpart1 | ナノ
その姫、介入1/3

暗闇の中でも、透き通るような空色の瞳は綺麗に光っていた。

手摺りから身を乗り出す私に彼は言った。

「驚いたな。女中とばかり思ってたら、本当は貴族のお嬢様だったのか?」

「違いますよ」

「なら…、シンデレラか?」

「だったら今頃は、ハツカネズミにお礼を運ばせてますよー、って誤魔化さないで下さい」

私の言葉にクラレンスは小さく笑う。

「どうしてこんなとこ居るんですか?」

もしかして、彼の方こそ貴族だったのではと思ったけれど、着ているのは整った顔には不似合いな庶民の服。

ふと彼から視線をずらすと、その横で何かが動いた。

「女の子…?」

辺りが暗いせいではっきりとは分からなかったが、その影が少女であることは確認できた。

「悪いなリユ、今は時間がないんだ。それよりこの屋敷には居ない方がいい、早く帰れよ。後、子爵には近付くな」

「え?ちょっと待っ…」

クラレンスは少女の腕を引き再び闇に紛れ込んだ。


その時、私の肩に何かが触れた。

「きゃっ!」

短い悲鳴を上げると、聞き覚えのある声が慌てた口調で言った。

「私よ、私!」

「マダム レッド…」

振り返ると赤髪の美女が此方に笑いかけていた。

「ちょっと〜、びっくりし過ぎよ?リユ」

「すみません、ぼーっとしてたので」

そう言うと彼女は呆れたような笑みを浮かべる。

「せっかくのパーティーにぼーっとするなんて良くないわ、楽しまなきゃ」

私みたいにね、とウィンクしマダムは手摺りに寄りかかった。
さらり、と髪が頬に流れる。

「きれい…」

口に出さずにはいられないくらい、その真紅は美しかった。
これだけ堂々と身に纏える彼女のコンプレックスがこの赤だなんて、きっと誰も分からない。

そして彼女が、今世間を騒がせている彼の殺人鬼だって事も。

「それにしても広い庭ねー、」

今なら、今なら止められるだろうか。
私の頭を馬鹿な考えがよぎる。

シエルの知らない内に彼女とあの死神を止めれば…

いや、そんなこと無意味。

私が止める事なんて出来ないし、その権利さえ持ち合わせてはいない。
それにどの道、セバスチャンはもう気付いているのだ。
切り裂きジャックが誰なのかを。

私に出来るのは、ただ見ているだけ。
けれど、何度言い聞かせても胸の中のわだかまりは消えなかった。

顔を上げると、マダムの赤い瞳が此方を見つめていた。

「あ、すみません。またぼーっとしてました」

苦笑を返すと彼女は真剣な顔で私の頬に手を添えた。

「あんた今、すごく思い詰めた顔してたわよ?」

「そんなことないですよー」

「あら、隠さなくて良いじゃない。女同士なんだから」

ん、女同士…?

「恋わずらいでしょ。一体誰が好きなの?もしかしてシエル?」

…何を言うんだこの人。

「違いますよ、何でそーなるんですか」

しかもシエルは私より年下だし。
まあ悲しき事に、精神年齢は彼が上だろうけど。

「うそうそ冗談よ〜。本当はセバスチャンでしょ?」

彼女は、知ってるんだからねーと、どこまでも勘違いして話を進めていく。

「有り得ませんから!セバスチャンさんは論外です!」

「もう。照れなくて良いわよリユったら。そりゃああんな色男が一日中傍にいたら、ねぇ…?」

意味有りげに目配せしないで下さいマダム。

「だから本当違いますって。そりゃあセバスチャンさんが超絶美人でそこら辺の女の人より色気があるのは認めますけど」

と言うか、一日中傍にいたら嫌でも認めざるを得ない。

「ふふっ、可愛いわねぇあんた」

駄目だ、会話が噛み合わない…!

「そういうマダムはどうなんですかー」

「えっ?」

逆に質問を仕返した。

「あら、私は社交界の花形よ?燃え上がるような恋の1つや2つ…」

「ごめん、なさい。やっぱりいいです」

明るく話すマダムを遮った。

「なあに〜?私のとっておきの話聞きたくな…」

「私の前では、無理、しないで下さい」

彼女は驚いたようにその赤い瞳を見開いた。

いきなり何を言い出すんだ、このチビって思われてるかも知れない。
それでも、私の口は止まらなかった。

「マダム レッド…私は…何も出来ませんけど、貴女の事、すごく好きですから」

初めて会った時に、可愛いと抱きつかれて。
ドレス選びを一緒にして。
コルセットを嫌がる私に、自分も一応医者だからと、体に悪くない程度に締めてくれて。
馬車で他愛もない会話を交わして。

たったそれだけでも、彼女の人柄はよく分かった。

とても。
とても嫌いになれるような人じゃない。

例えその手が血に染まっていようとも。


彼女の手を両手で掴むと、マダムは微かに眉を寄せた。

「ありがとうございます、アンジェリーナさん」

それと、ごめんなさい。
心の中でそっと呟いた。


「ちょっとリユ?突然どうしたのよ〜」

さり気なく私から手を離しマダムは困ったような笑みを向けた。

「慣れないパーティーで人混みに酔ったの?仕方ないわねぇ、レモネード貰ってきてあげるわ」

ホールへ戻って行く真紅のドレスをぼんやりと見送る。

明るく華やかな会場にその姿はとても映えていて。
同時に、ひどく哀しく、映っていた。
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