その姫、変装3/3
“アレイスト チェンバー”
ドルイット子爵。
彼の名前はすぐに上がりシエル達は調査へ乗り出した。
そこまでは私も知っての通り。
けれどー
「何で私までドレスなんですか!」
「静かにしろ。声がでかい」
揺れる馬車の中、至近距離で叫ぶ私に、ピンクのドレスに身を包んだシエルは、しぃ!と口に指を添えた。
「全然迫力ないです。可愛すぎて」
「うるさいっ!」
「レディが2人してはしたないですよ?お嬢様方」
お嬢様方、と言う言葉を妙に強調するセバスチャン、もとい家庭教師を私達は同時に睨んだ。
「なあにー?リユはそのドレス気に入らないの?」
いつも以上に煌びやかな真紅のドレスのマダム。
「そんな事ないです。ドレスは女の子の憧れですから」
首元までフリルのついた淡いパステルブルーのドレス。
繊細なレースが沢山ついていて、マダムが私にとわざわざ選んでくれたのだ。
「じゃあどうして、ふてくされてるんだい?」
首を傾げるのは、チャイナ服でなく黒の夜会服を着た劉。
「我は可愛いと思うけどなぁ」
「……シエルさんが可愛すぎるから。私がドレス着てるの罰ゲームにしか見えないです」
しかも12歳の少年の方が大人っぽいってどうなの。
なんか全てにおいて負けてる気がする…
「やだー、そんな事気にしてたの?大丈夫よリユだって凄く素敵よ?」
シエルに嫉妬するなんて可愛いわねー、とマダムに頭を撫でられる。
隣ではシエルが溜息をついていた。
「遊びじゃないんだ。気を引き締めろ」
ふとセバスチャンに目を遣ると、穏やかに微笑み返された。慌てて目を逸らしたが、彼の笑みはほんと心臓に悪い。
家庭教師の格好が、また無駄に格好良くて。
それに気付いているのか彼はクスリと笑った。
「すごーい…」
着飾った婦人や紳士達にテーブルに並ぶ色とりどりのデザートは、まさに絵に描いたような光景。
天井のシャンデリアがきらきらと輝いていて軽くお姫様気分になれる。
「まずは子爵を探さなくてはなりませんね」
惚けている私の横でセバスチャンがツインテールのシエルに囁く。
「こんな姿、エリザベスには死んでも見られたくないな」
「あ、」
私が声を出したのと、聞き覚えのある声が耳に入ったのは同じだった。
赤いドレスの少女は、ご機嫌で辺りを見回している。
「まずいですね。エリザベス様がいらしているとは」
「当主がこんな格好してるなんてばれたら…」
青ざめる彼に、セバスチャンがピシャリと言い放つ。
「ファントムハイヴ家末代までの恥ですね」
「うっ…とにかくマダム達に…」
助けを求める様に振り返ったが、そこにはすっかりパーティーを満喫するマダムと劉の姿。
挙げ句エリザベスがこちらに近付いて来るものだから、私達は人のあいだを縫うようにしてバルコニーまで避難した。
「何故僕ばかりこんな目に…」
慣れないドレスと予想していなかった人物の登場に疲れ果てるシエル。
と、その時女性の話声が聞こえてきた。
「ドルイット子爵、今日も美しくていらっしゃるわ」
彼女達の目線の先にはプラチナブロンドの青年。
「あれが、ドルイット子爵…行くぞ」
「はい」
動き出そうとした途端、演奏が始まりホールでダンスが始まった。
「くそ、これじゃ近付けない」
「仕方ありません。ダンスに紛れ子爵の側まで行きましょう」
セバスチャンは後ろに居た私を振り返り、眼鏡の奥の紅い瞳を光らせた。
「リユ、貴女はこの場から動かないで下さいね。呉々も知らない男性に懐かないように」
「懐くって…」
そんな事しませんと言う前に、2人は子爵の元へ向かっていった。
さて、どうしようか。
ここから先の流れは知っているし私が何かしなくちゃいけない事もない。
はっきり言って、暇だ。
だからと言って1人でホールに戻る勇気もない。
何しろ彼に此処にいろと言われたんだから、ここは大人しくしておくか。
バルコニーの隅に寄って手摺りから庭を眺める。
噴水の水が、邸からの明かりに照らされて光る。辺りが暗いせいか、そこだけが浮き上がって見えた。
その時、噴水の側で何かが動いた。
「人…?」
目を凝らせば、ぼんやりとその顔が浮かび上がる。
と、ふいにその影が此方を見上げた。
はっきりと目が合い、私は勿論、相手も驚いたように息を呑んだ。
「クラレンスさん…?」
以前、街で助けてもらった彼の名が、口から出てきた。
(リユ…!?何で此処に?)(いや、それ私の台詞です)(俺は、用事でちょっとな)(言い方怪しすぎませんか…)
(何なのこの人。何で子爵邸に…?)
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