その姫、変装2/3
「で?此処どこ?」
怪しい建物の前で劉が呟いた。
遂にきた!
この中に居る人とは、是非ともお近づきになりたい。
「坊ちゃんのお知り合いが経営なさっている葬儀屋さんですよ」
マダムは看板を見上げる。
「アンダーテイカー…?」
セバスチャンが古びた扉を開け、シエルは中へと入っていく。
「居るか、アンダーテイカー」
埃っぽく薄暗い部屋は、あちこちに棺が置いてあった。
「ヒッヒッヒッヒッ…そろそろ来る頃だと思ってたよぉ」
不気味な声がどこからともなく響く。
ふいに扉の側に立て掛けてあった棺が開いた。
「ようこそ伯爵〜。やっと、小生特製の棺に入ってくれる気になったのかい?」
そう言って現れたのは、白銀の長髪に怪しい格好をした男性。
「そんな訳あるか。今日は…」
言いかけたシエルの口に指を当て、葬儀屋さんはニヤリと笑った。
「言わなくて良い。小生にはちゃ〜んと分かっているよ。ああ言うのは表の人間向きのお客じゃない。小生がねぇ、キレイにしてあげたのさ」
「その話が聞きたい」
「なるほど。葬儀屋は表の仕事って訳か」
劉が話に割って入る。
「いくらなんだい?その情報は」
その問いに葬儀屋さんは目を光らせ彼に迫った。
「小生は女王のコインなんかこれっぽっちも欲しくないのさ」
今度はシエルに近付いて息を荒くする。
「さあ、伯爵…小生にあれをおくれ…極上の笑いを小生におくれぇー!!そしたらどんな事でも教えてあげるよぉ」
「変人め…」
彼を笑わせようと立ち上がった劉とマダムは発言禁止になった。
まあ確かに、いろんな意味で2人の言った事は笑えない。
「ん〜?そういえばそちらのお嬢さんは誰だい?」
前髪に隠れた葬儀屋さんの瞳が私を捉える。
「うちのハウスメイドだ」
シエルの紹介に、私は頭を下げた。
「こんにちは、初めまして!リユ スズオカです」
彼に近付き手を差し出すと、不思議そうに首を傾げられた。
「握手して下さい!」
「小生と…?」
「え、他に誰が居るんですか」
私の言葉にきょとんとした彼だったが、次の瞬間突然笑い出した。
「ヒッヒヒヒヒ…ッ変な子だねぇ…っ」
葬儀屋さんに変だと言われるなんて、私すごくない?
何が変なのかは分からないけど。
「それは光栄です」
そう言うと、彼はまた笑い出した。
「ぐふっ…変わった子だねぇ。ホント…ヒヒッ、伯爵は随分面白い子を拾ってきたね、ヒヒヒ…ッ」
何が面白いのか、と半ばみんなが呆れた視線を送る。
それを気に止めず、ひとしきり笑った彼はシエルに向き直った。
「話してあげよう。伯爵の聞きたい事…ヒッヒッ、今日は面白い子と知り合えたしねぇ」
マジですか!?
これってセバスチャンが笑わせる筈じゃなかったの?
パニックな私の頭に、手袋を嵌めた手が降りてきた。
「お手柄ですね」
「ありがとうございます…」
こんなので良かったのかと戸惑う私を無視し、葬儀屋さんは話し始めた。
「近頃ねぇ、ちょくちょくいるんだよ。足りないお客さんがね」
「…足りない?」
「そう、足りないのさ。子宮がね」
みんなが聞き入る中、私はだんだん落ち着かなくなってきた。
「かなり激しいスプラッタなのに、キレイに子宮だけ取り出されていたんだ」
「いくら人通りが少ないとはいえ路上で、しかも真夜中となると的確に切除するのは素人には難しいのでは?」
セバスチャンの問いに彼は頷く。
「鋭いね執事君。小生もそう考えているんだ」
葬儀屋さんはゆっくりとシエルに近付いた。
「ああ言うのはね、誰かが止めるまで止まらないものさ。止められるかい?悪の貴族、ファントムハイヴ伯爵」
「女王の庭を汚す者は我が紋にかけて例外無く排除する。どんな手段を使ってもだ」
シエルはきっぱりと言い放った。
そんな彼を、私はただ、黙って見つめていた。
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