その姫、変装1/3
“運命には逆らえない”
“人はただ、時の流れに身を任せることしかできないのだから”
昔、そんな事が書いてある本を読んだ気がする。
その時は真剣に考えてなかったけれど。
私がこの世界に来てしまった事も運命なのだろうか。
けれど、時の流れに身を任せることしか出来ないのなら、私は一体……
「リユ…、リユ…起きなさいリユ」
「ん…」
誰かに肩を揺すられ曖昧な意識がはっきりしてきた。
「ふあぁあ…」
「呑気に欠伸をするのはやめなさい。今何時だと思ってるんです」
ぼやけた視界に入ってきたのは、眉を寄せて溜息をつく整った顔。
「あ、おはよござ…」
って、何でセバスチャンが私の部屋に居るの?と言うか今何時、って…
「あぁあああ…っ!」
寝坊!!
気付けばもう6時半をまわっている。
「すみません、すぐ用意しますから」
ベッドから飛び降り、クローゼットからメイド服を取り出す。
「着替えるんで、あっち向いてて下さいね!」
「出ていけとは言わないんですか…」
何か呟くセバスチャンを無視し慌てて着替え始める。
「嗚呼、そういえば。今日から暫くロンドンに行きますからね」
「はい」
ん、ロンドン…?
「え…っ!?」
私も行くの、と驚いて彼を振り返った。
「ええ」
と、反射的に彼も此方を向く。
「「………」」
一瞬の沈黙。
驚いていた私は、ネグリジェを脱いですぐに振り返ってしまったのだ。
「…ベビーピンクのキャミソール、ですか」
下着姿の私に、セバスチャンが呟いた。
ここがタウンハウス…
「素敵ですねー」
屋敷よりは小さいけれど上品な雰囲気があって、どことなく落ち着く。
「全く…ロンドンは人が多すぎる」
シエルは不満をこぼしながら階段を上がっていく。
「地方のマナーハウスからロンドンのタウンハウスへ、貴族達が大移動する社交期ですからね」
セバスチャンの言葉に、彼は顔をしかめた。
「シーズン、か。全く暇人共め」
「たまには御屋敷を離れるのも良い気分転換かもしれませんよ。あの4人も居ない事ですし、静かに過ごせそうじゃありませんか」
「静かに、ねぇ…」
シエルはちらりと私を見た。
今朝、私の絶叫で目覚めた事を根に持っているのだろうか。
「なんですか。ついて来いって言ったのシエルさんでしょ」
「…違う、僕じゃない。セバスチャンだ」
「へ…?」
そうなんですか、と彼を見上げたら、セバスチャンは目の前の部屋の扉を開けた。
そこに広がる光景に動きを止める2人。
分かっていた私でさえ、ひっくり返った部屋の有り様に唖然とした。
「マダム レッド!劉!何故ここに!?」
声を上げたシエルにマダム達が振り返った。
「あら早かったじゃない」
可愛い甥っ子に会いに来たと、ご機嫌のマダム。
「伯爵が此処に来るってことはあれだろ?」
劉が意味有りげに笑みを浮かべるとマダムが続けて言った。
「女王の番犬が、動き出すのね」
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