その姫、舞踏2/2
「これは…」
一瞬目を丸くして、セバスチャンは私を見下ろす。
「天使…?」
続いて入ってきたシエルと目が合った。
「そうなのっ!可愛いでしょ?」
私が選んだのよ、とリジーは上機嫌。
白を基調としたふわふわのワンピースにオプションで天使の羽根と輪っか。
リボンのついたガーターが、なんとなくエロく思うのは私だけだろうか。
「ああっそうだ!せっかくこんな素敵なお屋敷になったんだからダンスパーティーをしましょうよ!」
1人盛り上がる彼女は周りの制止を聞かずに、グレルを引きずって部屋を出ていってしまった。
「大丈夫ですか?」
立ち上がった私を、セバスチャンは面白いものでも見るような目で言った。
「おかげさまで…」
「よくお似合いじゃないですか」
「そんなやらしー笑顔で言わないで下さい」
ああもうホントやだ。悪魔の前で天使のコスプレとか有り得ないし…!
「ほっほっほっ」
落ち込む私と、微笑を浮かべる執事サンと、ダンスの言葉に焦るご主人様。
その側で、タナカさんだけが穏やかに笑っていた。
午後。
パーティーの準備が整いホールにやってきたシエル。
自分の選んだ服がよく似合うと、はしゃいでいるリジー。
しかしその視線は、ふいに彼の指輪に向いた。
「そうじゃない。この指輪は…」
自分の選んだ物じゃないと言うリジーを宥めようとする彼。
「とーった!」
彼女は一瞬の隙をついてシエルから指輪を奪った。
「やっぱりすごくブカブカじゃない。私が選んだのはサイズもぴったり…」
「返せ…っ!!」
ホールにシエルの声が響き、周りはぴたりと動きを止めた。
「それを返せエリザベス」
「な、なんでそんなに怒るの?私せっかく…」
彼に睨まれ、リジーの目に涙が浮かぶ。
私はそれを黙って見つめていた。
「何よ、私が可愛くしてあげようとしただけじゃない。なのになんでそんなに怒るの?」
指輪を握りしめ彼女は手を振りあげた。
「こんな指輪なんかキライ…っ!」
床に叩きつけられた青い石は音をたてて割れる。
「……っ!!」
途端、シエルがリジーに向かって手を挙げた。
「坊ちゃん」
振り上げられた彼の腕を掴んだセバスチャン。
「折角新調した杖をお忘れですよ」
主人にそっと杖を握らせ、彼はリジーへと向き直る。
「あの指輪は我が主にとって、とても大切なもの。ファントムハイヴ家当主が代々受け継いでいる、世界でたったひとつの指輪だったのです」
その言葉にリジーは目を見開いた。
「主人の無礼をお許し下さい」
「そ、そんな、そんな大事な指輪、私…」
戸惑う彼女の側でシエルは割れた指輪を拾い、窓へと近付いた。
「シエル、私…」
小さな風を切る音と共に、指輪は庭へと消えた。
「シエル!なんてことを…っ」
彼の突然の行動に、みんなも息を呑む。
「構わん。あんなもの只の古い指輪だ」
一歩前へと踏み出すシエル。
「あんなものが無くともファントムハイヴ家当主はこの僕だ!」
子どもとは思えない程の迫力。
威厳のある姿に、私も思わず見入ってしまう。
「いつまで泣いている」
シエルはリジーに声を掛けた。
「だって…」
「酷い顔だ。レディが聞いて呆れるな」
すっかり落ち込んだ真っ赤な目の彼女。
「そんな顔の女はダンスに誘いたくはないんだが?」
「シエル……あ、」
聞こえてきたのはセバスチャンのヴァイオリンの音。
それと一瞬に、グレルも歌い始めた。
「嫌なことを忘れ、踊りあかすのが夜会の礼儀だろう。レディ」
微笑んで手を差し出すシエル。
「はい」
リジーも笑顔でそっとその手をとった。
「静かだなぁ…」
パーティーの終わった夕方のホール。
1人で突っ立っていると後ろから靴音が聞こえてきた。
「ねぇセバスチャンさん」
振り返らずに口にする。
「はい。なんでしょう」
後ろから耳に心地の良い声が返ってきた。
「私、自分も大概いやらしい性格だなーと思いました」
全部知ってて高みの見物。
物語の流れを無理に曲げていいものかと悩んでるうちに、結局何もしなかった。
「そーゆうトコは貴方と一緒ですね」
振り返ると燕尾服の彼は、じっと私を見ていた。
「エリザベス、様は?」
「彼女は寝ておられますグレルさんがもうすぐお送りすると…」
「大丈夫なんですか、グレルさんに任せて」
質問に彼はふっと笑った。
「彼が“出来る”と言った時は“出来る”んじゃないですか?」
意味深な発言。
ほら、やっぱり彼は全てを知ってる。
「じゃあ私、そろそろ着替えてきます」
こんな恥ずかしい格好も、時間が経てば慣れてしまったけれど。
「リユ」
通り過ぎようとすると、突然呼び止められた。
「エリザベス様をお送りするまで、まだ時間があります」
「え?」
セバスチャンが私に手を出してきた。
「一曲お相手願えますか?天使さん」
一瞬、見とれてしまう程の綺麗な笑顔で、彼は言った。
(いや、私踊れませんから)(私がリード致しますよ)(大体悪魔と天使が踊るってどーなの)(背徳的で良いじゃないですか)(………)
(嫌なことを忘れ踊りあかすのが夜会の礼儀。もしかして彼なりの気遣い?そんな訳ないか)
prev
[
戻る]