その姫、舞踏1/2
「リユ…そこで何をしている?」
朝食を取りながら、シエルはちらりとこちらを見て言った。
「見たまんまです。扉に貼りついてますけど?」
彼の朝食時間、後ろに控えるのは勿論有能執事サン。
その後ろに並ぶのは使用人のみんな。普通なら私もそこに居なきゃならない。
けれど今は食堂の扉に背中合わせで貼り付いていた。
因みにふざけてる訳じゃない。
私は至って真面目。というかいつも真面目だけどね。
「嘘をつくな」
「えっ何!?シエルさん人の心読めるんですか」
彼は、はあ…と溜息をついてパンを口に運ぶ。
「声に出してましたよ」
にこっと笑ってセバスチャンが代わりに答えた。
「まじですか」
まあそれもご愛嬌か、リユちゃん可愛い。
「自分で言うな。寝言は寝て言え」
「うわ酷っ!何ですか自分の方が可愛いって言いたいんで……のわぁあ…っ!!」
ドンッ!
と背後からの突然の衝撃に体が吹き飛ぶ。
飛んできた私をセバスチャンが器用に受け止めてくれた。
あっ!しまった作戦失敗じゃん。
荒々しく開いた扉から突っ込んできたのは、絶叫するグレルとワゴン。
フィニにお湯は掛かるし、焦ったグレルはテーブルクロス引っ張るし、シエルの朝食はめちゃくちゃだし。
「あーあ…」
実際見ると酷いなぁ。
「計算違いだったな。面倒を被るのはセバスチャンだけで、こちらにまで実害は無いと思ったが」
再び溜息をつくシエルと、グレルを睨み付けるバルド達。
「本当に申し訳ありません。皆さんにご迷惑をお掛けして。ここは……死んでお詫び致しますっ!」
どこからともなくナイフを取り出す彼。
「おいっ!はやまるんじゃねぇ!」
その時、セバスチャンがグレルの肩に手を置いた。
「死なずとも結構ですよ」
「え?」
「血液が辺りに飛び散ると、更に後片付けが大変ですから」
物凄く素敵な笑顔は、言ってる事と噛み合っていない。
が、グレルは顔を輝かせて彼を見上げた。
「セバスチャンさん…何とお優しい」
「優しいか…?」
と、問うバルドにメイリンとフィニは首を振る。
「それにしても、こんな香りのとんだお茶を坊ちゃんにお出ししようとは」
彼は慣れた手つきでポットに茶葉を入れていく。
「茶葉は人数分とポットの為にもう一杯。沸騰したお湯は2分の1パイントが好ましいでしょう」
カップに注がれた紅茶からは上品な良い香り。彼の淹れる紅茶は本当に美味しい。
「坊ちゃん、そろそろお時間です。表に馬車を待たせてありますので」
「ああ」
シエルは頷いて椅子から立ち上がる。
「では皆さん、後片付けは任せましたよ。グレルさん、貴方は余計な手間をとらせぬようゆっくり休んでいて下さい」
あ、とセバスチャンは付け加える。
「もし永遠に休まれる場合はくれぐれも屋敷の外でお願いしますね」
「あっ、シエルさん…」
「ん?どうした」
食堂を出た彼を呼び止める。
「…いや、あの……いって、らっしゃい」
「…?ああ」
「宜しく頼みますよ」
結局何も言えないまま、私は2人を見送った。
今日が何の日か気付いたのは、朝セバスチャンがステッキを取りに出掛けると口にしたからだ。
ステッキと言えばリジー、リジーと言えばダンスパーティー。と、言えば指輪。
今日起こる事を全て知っていたのに朝は失敗してしまった。
扉ごと吹き飛ばされるとは思わなかったし。
所詮、物語の流れには逆らえないということなのか…
鏡に映った自分を見て溜息をついた。
「それよりリジー、何故此処に?」
隣の部屋からみんなの話し声が聞こえる。
「シエルに会いたくて内緒で飛び出して来ちゃったぁ」
リジーを咎めるシエルの声。
「えっとぉ…あの御方は」
グレルの質問にセバスチャンが答えていた。
「嗚呼、スコットニー侯爵令嬢レディ エリザベス エセル コーディリア ミッドフォード様にあらせられます」
許嫁と聞いてグレルは更に驚いていた。
「ところで、先程から彼女の姿が見えませんが…」
セバスチャンの言葉にシエルが反応する。
「そう言えばそうだな。リユはどこだ?」
「リユ…?ああ、あのちっちゃいメイドの子ね!あの子なら私がもっと可愛くしてあげたわっ」
確かまだ隣の部屋に、と言葉を続け、リジーは私の居る部屋の扉を開けようとした。
ガチャッ…
「あれ?開かない」
反対側から扉を押さえつける私。
「リユ?そこに居るのか?」
不審そうなシエルの後にバルドの声が続く。
「オチビちゃんなら多分出てこないぜ」
「何故?」
「いやあ…お嬢様に着せられた服を見られたくないとかで」
「ほぉ…」
扉越しにセバスチャンが頷いたのが分かった。
「私がお開け致しましょう」
「おいセバスチャン、手加減はしてやれ」
「御意」
何その怖い会話!
扉を押さえる体に力がこもる。
が、
「ぅわ…っ!!?」
本日2度目の吹き飛ばし。
私は思いっきり床に尻餅をついて、開け放たれた扉の前に立つ彼を睨んだ。
†
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