その姫、帰宅1/2
月明かりに照らされる白と黒のコントラストは、はっとするほど綺麗だった。
こんな状況じゃなければの話だけど。
「手、血でてますよ」
彼の手袋に赤い血が滲む。
そりゃあ、ガラスの瓶を片手で砕いたんだから当たり前か。
「それが何か?」
にこりと冷たい笑みを浮かべるセバスチャンは、恐い。
何を考えてるのかまったく分からない。
「痛くないんですか」
「愚問ですね」
…ですよねー。
怯えてますっていうのを顔には出したくなくて、私はただ黙って彼を見上げていた。
目をそらすのは好きじゃないし。
するとセバスチャンが先に私から目をそらし、ポケットから懐中時計を取り出した。
「嗚呼、もうこんな時間ですか」
時間を確認するや否や、彼は乱暴に私の腕を掴んだ。
びくりと反応してしまった私を冷たい紅の瞳が見下ろす。
「帰りますよリユ。坊ちゃんを待たせてはいけませんからね」
そのまま引きずられるようにして屋敷へと帰ってきた。
「入れ」
部屋の中からシエルの声が私を呼ぶ。
先に中で彼と話をしていたセバスチャンと入れ違いで私は部屋に入った。
「セバスチャンから話は聞いた」
ソファにもたれ掛かってシエルは言った。
「勝手にバルドについて屋敷を出た挙げ句、行方を眩ますのは頂けないな」
「…すみませんでした」
溜息をついてシエルは足を組む。
「そんなにセバスチャンが嫌か」
「え?」
「あいつから逃げたくなったからこんな事をしたんだろう。それとも…この屋敷に居るのが嫌になったか?」
微笑を浮かべながらの皮肉っぽい言い方。
なのに、彼の表情が一瞬寂しげに見えた。
「違います…!」
思ったよりも大きな声が部屋に響いた。
「それは違いますよ、シエルさん。私はそんなつもりじゃなくて…」
それから簡単に、街で迷った事や誘拐されそうになった事、助けられた事を話した。
後、彼が小瓶を砕いた事も。
「だから誤解なんです。確かにバルドさんについて行ったのは、セバスチャンさんから逃げてたからですけど、前も言った通り、私は貴方達を嫌だなんて思ってません」
シエルが口を開く前に、もう一言だけ付け加えた。
「そりゃあ片手で割られた時は何するんだこの悪魔って思いましたけど」
わざと拗ねた口調で言った私を、彼はその綺麗な碧の隻眼に映す。
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