眠り姫は夢から醒めたpart1 | ナノ
廻り始める歯車1/5

伯爵視点

放っておけなかった。理由があるとすれば、それが全てだ。


「私ね、親がいないんです」

自分の前に座る少女が吐き出した言葉に、シエルは目を見開く。
それはただ単に驚いたからと言う意味合いだけでなく。
彼は数日前、セバスチャンが言った事を思い出した。

“ 彼女の笑顔の裏側には意外なものがあるかもしれません。普段坊ちゃんが、その仏頂面で隠していらっしゃるものと同じような、ね ”

ふっと微笑んでからリユは立ち上がって窓の方へ歩いていった。
外が暗いせいで窓ガラスに映る彼女の瞳は静かにシエルを見つめ、彼もその黒い瞳を見つめ返す。

自分が元居た世界には居場所がないのだと零し、少女は静かな笑顔で一瞬目を閉じた。
ガラスに映るその表情を見た途端、シエルははっと息を飲んだ。
此方に背を向けて立つ少女が、この場から消えてなくなるような感覚に捕らわれた。
それ程までに、リユのそれは余りにも脆い笑顔だったのだ。

人間など、皆酷く脆くて壊れやすい。そしてそこからは大抵、偽りや醜さ、愚かなものが生まれていく。
シエルはそれを何度も目の当たりにし、理解していた。

しかし、リユが垣間見せたその脆さは今まで彼が見てきたものとは異なっていた。

余りにも儚げだったのだ。
いっそ、清々しささえ感じるほどに。


「リユ…!」

だからこそ同時に、今までにない不安を感じて思わず彼女の名を呼んだのかもしれない。

「狽モぉっ!?」

シエルが唐突に大きな声を上げたので、リユは驚いていつもの奇声を発し彼を振り返った。

「ど、どどうしたんですかシエルさん…、まじでびびった…」

自分に向き直った彼女に先程までの儚さはなく、逆に此方が気まずくなりシエルはリユから顔を逸らした。

「あ、いや……、すまない」

らしくもなく口ごもりながら言うと、大丈夫かと問われる。
その口調は普段のリユそのもので、シエルもいつもの調子に戻って言い返した。

「お前に言われたくないな」

しかし、彼女が次に発した内容は彼を再び驚かす。

ファントムハイヴの裏の仕事に自分を連れて行けと言うのだ。

危険が伴うと同時に、何より足手まといになる。すぐに却下だと告げるが彼女は引き下がらなかった。
おどけた様子で跪こうかとまで言った。
なら、ついて来きたい理由はなんだと問うたが答えられないのか言葉を濁す。

本当に、話にならない。
駒になどいらない。彼女を連れて歩く事に何の利点があると言うのだ。

そう、頭では分かっていた。
しかし、思い浮かぶのは先程見たリユの表情。
儚げに笑ったあの顔が、シエルの心に引っ掛かる。


互いに口を閉ざしたまま、続く沈黙。
その空間に割って入ったのは、執事が扉を叩く音だった。

「失礼致します。坊ちゃん、そろそろお休みの時間ですよ」

シエルは頷いてソファから立ち上がる。
その時、チェス盤に転がる黒のキングが目に入った。

彼は部屋から出る前、窓の側に立ったままのリユに手にしたキングを投げて渡した。

それが、彼女への答えだ。

初めは、あまり馴染みのない雰囲気に物珍しさを感じていただけだった。
いつの間に、自分の中で彼女の存在が大きくなっていたのか。

少なくとも、連れて行くと決めたからには責任をとるつもりだ。
リユは自分の身は自分で守ると言っていたが、この世界は少女1人でどうにかなるほど生温くはない。

シエルは、自分が従える悪魔に、今後は彼女も守れと告げるつもりでいたのだった。



(その伯爵が王ならば、糸車を燃やすより先に、姫君に呪いをかけた魔女に制裁を。静かに燃える、碧い炎の剣で)
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