眠り姫は夢から醒めたpart1 | ナノ
悪魔と天使の憂鬱

リユの発言は、時々彼の想定の範囲を超える事があった。

「天国ってあるんでしょうか」

だからこそ、彼女への興味が尽きないのだが。

「さあどうでしょうね。私には縁がありませんから」

肩を竦めつつ、彼はもしやと思いその場で立ち止まった。
自分に問うた事に対してすみませんと言い横を通り過ぎる少女。
その背後で悪魔は紅い眼を光らせた。
リユは天使の事まで知っているのだろうか。
歩いていく彼女のか細い腕を掴みセバスチャンは囁いた。

「私なら、例え天国があったとしても手の中に墜ちてきた獲物をそんな所へ逃がしたりはしませんがね」

その言葉に、揺れる黒い瞳。
嗚呼、やはり彼女は色々と面白い秘密を持っている。
悪魔は顔には出さずに微笑んだ。


リユが馬車に乗り込んだのを確認しそちらに行こうとすると、メイドの声が耳に入った。

「私、きっといつかプルートゥに会いに行きます」

穏やかに笑うアンジェラに、負けないくらいの笑みを作るセバスチャン。
それは一見すれば穏やかそのものだった。

「出来れば遠慮したいものですね」

「え?」

「魔犬を飼い慣らすなど、なかなか出来る事ではない。貴方には餌付けの才能があるようですねぇ」

互いの視線が鋭く交わる。
が、それもほんの一瞬。
メイドはすぐに笑みを浮かべた。

「貴方こそ。随分素敵なメイドさんと一緒におられるのですね」

アンジェラはメイド服のポケットから何かを取り出しセバスチャンに手渡した。
それは細長い木の枝。
白手袋を嵌めた手は訝しげに受け取った。

「机に置いてあったんです。あの小さいメイドさんが私宛てに…」

「行くぞセバスチャン」

馬車に乗っていたシエルが彼女の言葉を遮る。
セバスチャンは枝をアンジェラに返し彼女の耳元で囁いた。

「貴方にアレはあげませんよ」

目を見開く彼女に頭を下げて、執事は馬車へ乗り込んだ。


騒がしい使用人達を乗せた馬車を見送り、バリモアカンスルのハウスメイドは誰も居なくなった屋敷の前に佇んでいた。

その手の中には一本の薔薇の枝。
なかなか小賢しい事をする少女だ、とアンジェラは目を細めた。

薔薇には各部位にもそれぞれ花言葉がある。

“私にとって貴方は不快”
それが、薔薇の枝の花言葉。

「リユ スズオカ……」

パキ…ッと彼女の手の中で折れたそれは、音も立てず地面に落ちた。



主人と騒がしく戯れるリユの気配を背後に感じながらセバスチャンは馬車を進める。
彼女とは、契約で繋がれた訳でも何でもないが。

“墜ちてきた獲物は逃がさない”
天使などに興味を持たれてはたまらない。
誰が渡すものか。

異界から来たという少女は悪魔にとって最高の退屈しのぎなのだから。


(暢気に笑う黒い瞳の真意は、人ならぬ存在にも読み取れない)

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