その姫、虚無1/3
屋敷へ帰る馬車の中、シエルの膝の上ではエリザベスが穏やかに寝息をたてている。
夜中走り回った疲れからか、シエルも窓ガラスに頭を預けて眠っていた。
そうか、よく考えたら昨日は寝てないんだよね。…あ、私も眠くなってきた。
けれど、帰ったらシエルの誕生日会の準備が待っている。
その前に使用人のみんなが何かやらかしてるかも知れないから、それの後処理もしないと、………。
「リユ」
「…!」
隣に座っていたセバスチャンの声に曖昧になっていた意識が覚醒する。
びくりと肩を震わせて目を瞬いた。
「人間とは本当に面倒な生き物ですね」
溜め息混じりに言って、黒衣の執事はシエルとエリザベスに目を遣った。
睡眠を嗜好品程度にしか思わない彼にしてみれば、疲れて眠る、なんて事は考えられないんだろうなぁ。
「そりゃあ、セバスチャンさんは悪魔で執事だから平気なんでしょうけど…」
「貴女も眠いのでしょう?」
「え、」
白い手袋を嵌めた手に肩を引き寄せられた。
そのまま体が傾いたかと思えば、私はセバスチャンの膝の上に頭を預ける格好になる。
「寝ていて構いませんよ。屋敷に着いたら起こしますから」
ひ、膝枕なんて恥ずかしすぎる!!
それも相手はセバスチャンだ。
エリザベスはちょうど私と向かい合う形ですやすやと眠っているが、此方はそうもいかない。
「い、いいです!結構で、…ぅ、!」
「煩いですね、静かになさい」
体を起こそうとしたら頭を片手で押さえられた。
「ちょ、潰れる…っ」
「リユ、」
耳元で囁くように名を呼ばれ心臓が跳ねた。頬に微かに吐息がかかる。
「なにも取って食べたりしませんから」
「当ったり前ですよ…っ」
「なら、今は少しお休みなさい」
頭を撫でられると途端に眠気が襲ってきた。
…おかしい。絶対なにか悪魔パワー的なの使ったな。
「羊め…」
あれ?違う。悪魔めって言おうと、した、のに。
燕尾服の膝の上で私の意識はすうっと遠退いていった。
その夜は、予定通りに誕生日会が行われた。
と言っても、来客はリジーちゃんとその侍女であるポーラさんだけ。
部屋は使用人のみんなとエリザベスが張り切って準備したもので飾り付けられている。
因みに、屋敷に着いても馬車の中で爆睡していた私は、危うく執事サンに放り投げられる処でしたけどね…!
もうほんと鬼だよあの悪魔。
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