眠り姫は夢から醒めたpart1 | ナノ
その姫、表裏2/3

「はっ、死ぬかと思っ、た…っ」

途中、なんとかグレルの手を引き離し私とクラレンスは暴走する魔犬と死神を見送った。

「…追わなくていいのか?」

そう問う彼に私は問題ないと首を振る。

「行き先は分かってますから。それより巻き込んじゃってすみません。クラレンスさんもこの誘拐事件を調べてたんですよね?」

理由は知らないが、彼は一般の人達から頼まれた事件などを解決するための仕事をしている。

今回は誘拐された少女の家族にでも、捜してほしいと頼まれたのだろう。
そう言えば、劉さんもレンは仕事で忙しいんじゃないかなとか言ってたしね。

予想通り、彼は私の質問に ああ、と頷いた。

「色々調べてたら此処に辿り着いたんだよ。先客には驚いたけどな」

「そうだったんですか。それじゃあ、お互い無事に任務遂行しましょーね!」

では!と、私は片手を挙げてその場を立ち去ろうとした。が、不意にクラレンスに腕を掴まれる。

「リユ、」

「へ?」

「一人で平気なのか?」

「やだなあ平気ですよー。この後みんなと合流するか、ら…っ、?」

ふわりと体を包み込まれる感覚。

私はそれを暫くの間理解できないでいた。
それくらい、クラレンスから抱きしめられるという行為は予想外だったのだ。


「どうして…、」

聞いてるこっちが切なくなるような声が頭上から降ってきた。

「……クラレンスさん?」

彼の鼓動が伝わり内心緊張しながらもそっと名前を呼んだ。
すると再び紡がれる独り言のような声。

「分かってる、……お前はそんな風に…、俺を呼ばない。それでも、」

空色の瞳が私を見下ろす。
澄み切ったそれは何故か酷く冷えていて、そして濁っているように思えた。

「欲しいんだよ」

「…っ、!!」

本能からか、私は囁かれた彼の低い声に寒気を感じた。
ぞっとするような感覚を前にも味わった気がしたが、今はそれ所ではなかった。

力の限りクラレンスの胸を突き飛ばす。

ふらついた彼は側に立っていた木で背中を打った。
しかし、その目は真っ直ぐ私を見つめたままだ。
そして、その口角が釣り上がる。

「それで?お前はまた俺から逃げるのか?」

また、ってなに?
クラレンスさんは、まるで私でない誰かと話してるみたいだ。
こんな彼を私は知らない。

距離を縮められ、気づいた時には身動きが取れなくなっていた。
痛いくらいに抱きすくめられ、身体が悲鳴を上げる。

「クラレンスさん…っ!離し、っ」

顔を掴まれ上を向かされた。
青白い顔にかかる金髪が影となり、彼の表情が窺えない。
その代わりに寒気のするような冷たい笑い声が降ってきた。

「怖がらなくていい…痛いのは一瞬だ」

開けたコートから覗く、メイド服の首もとのリボンをするりと解かれた。
首筋に冷たい指が這う。

「痛っ、」

突然爪が立てられ鎖骨の辺りに血が滲む。それでも私は、恐怖からか全く動けなかった。

「…!!」

空色の瞳と目が合う。

殺される…っ、クラレンスの瞳に射抜かれとっさにそう思った。
が、その途端、彼はいきなり私から離れた。

「っリユ、」

自身の顔を押さえ苦しげに彼は私の名を口にした。

「俺から、離れろ……」

「クラレンスさ、」

「逃げろ!走れッ…!!」

辺りに響く大声に、それまで言う事を聞かなかった身体が動いた。
訳が分からないまま身を翻した私はクラレンスに背を向けその場から駆け出した。

月明かりに照らされた道を走りながら、私の頭はクラレンスの事でいっぱいだった。

どうして今まで考えてみなかったのだろう。
性格も容姿も非の打ち所がない程、彼は“良い人”だ。
けれどさっきまでの豹変したあの様子は。

あれは、

あれは人間の放つ雰囲気じゃない。

私は、クラレンス ミルズという人物の事を何一つ知らなかったのだ。
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