その姫、表裏1/3
屋敷の扉が開き、月の光を背に突然現れた長身の人影。
此方からは逆光で分かりにくいが、その人物は私の顔を見た途端に声を上げた。
「リユ!?」
「えっ?」
聞き覚えのある男性の声。
よく顔を確認しようと、目を凝らしたその時だった。
少女達の人形が私とグレルに襲いかかる。
「「な……っ、!!」」
私達はその場に現れた人物に気を取られていた為に、反応が鈍り腕を振りあげた人形の攻撃を避ける事が出来なかった。
デスサイズでさえ切れない鉄と鋼の手のひらが振り降ろされる。
その刹那、此方に襲いかかる二体の人形と私達の間に、何かが割り込んできた。
視界に入ってきたのは、此方に背を向けて立つ金髪の青年。
彼の両腕は、片手ずつそれぞれ振り上げられた二体の人形の腕を掴んでいた。
「折角のレディが鉄と鋼じゃあんまりだな…っ、!」
「…クラレンス、さん」
自分の盾となっている人物の名前を呼ぶ。
が、言葉を交わす間はなかった。
他の人形達が、クラレンスによって動きを封じられた人形の背後から再び襲いかかってくる。
「ああもうっ!アタシを守ってくれた素敵な金髪の殿方にお礼言う暇もな、」
文句を言うグレルの声をクラレンスが遮った。
「歌え…!この子達を操ってるのはロンドン橋のメロディーなんだ!」
「歌?歌だって!グレルさんっ」
「歌唱ならアタシに任せなさいっ!そうね…、鉄と鋼じゃ燃えるー♪」
「燃えるか!そんなんじゃ動き止まんないでしょ。…えーとっ、あ、錆びる…!」
「はあ?」
錆びるという言葉が不満なのか眉間に皺を寄せるグレル。
するとその時、二体の動きを封じているクラレンスに別の人形が襲いかかろうとしていた。
「危ない…っ!グレルさん早く!」
切羽詰まって叫んだ。それを合図にグレルが歌い始める。
「鉄と鋼じゃ錆びるー♪錆びるー♪鉄と鋼じゃ錆びるーマイフェアレディー♪…DEATHッ☆」
いや。決めポーズはいらないんですけど。
しかし、彼の歌に反応した人形達は軋んだ音を立てながらゆっくりと動きを止めた。
人形の攻撃を受け止めていたクラレンスも、小さく息を吐いて手を離す。
「間一髪だな。助かったよ、お嬢さん」
振り返った彼はグレルにそう言って笑いかけた。
ん?お嬢さん…?
「アラッ、アナタ随分紳士なのねっ!紳士的な男も好きヨ」
「ちょっ、ストップ…!ク、クククラレンスさん…っ、グレルさんは男ですよ!お嬢さんとか有り得ない」
「あ、そうなのか?」
「有り得ないですって!?」
声を上げたグレルに私は容赦なく頬を抓られた。
「こんな色気のない小娘に言われる筋合いないワヨ!人のこと言う前に自分を見直しなさい!」
「うるひゃい…っ!しょのことばしょのままお返ひひまふ!」
「にくったらしいワネ、だいたいナニヨ!アンタ彼と知り合いなの?小娘のクセにッ」
グレルの手を振り払い、文句を言う彼を無視しクラレンスに向き直る。
「さっきの天然発言は聞かなかった事にして、助けてくれてありがとうございました。お久しぶりですクラレンスさん」
笑顔で頷く彼は相変わらず穏やかな空色の瞳に、整った容姿をしていた。
しかしホールが暗いせいか、普段より随分顔色が良くないように思われる。もともと、血の気のない白すぎる肌をしていたけれど。
少し気になったが、私より先にクラレンスが口を開いた。
「ファントムハイヴの仕事か?」
「あ、はい、」
「ちょっと小娘、アタシに紹介しなさいヨ!」
私とクラレンスの間に赤い死神が割り込んできた。
「えー……、この赤いヒトはたまたま居合わせた方なので、どうぞ気にしないで下さいね」
めんどくさげに言う私に憤慨したのか、グレルは再び私の頬を抓る。
「失礼な事言ってんじゃないワヨ、ブスッ」
「いひゃいってば!」
私も負けじと真っ赤な長髪を引き抜く勢いで掴んでやった。
すると、そんな私達を見ていたクラレンスが突然吹き出し笑い始める。
いつまでも笑いが止まらない彼は、私とグレルの視線に気付き漸く口を開いた。
「悪い、笑いすぎた」
そんなに面白かったのかな。
整った顔に浮かぶ笑みを見上げていると、背後で犬の鳴き声が聞こえてきた。
ワンワンワンッ!
「アラ?どうしたのかしら」
興奮したように鳴き出すプルートゥ。
グレルは首を傾げながら床に垂れていた首輪のロープを掴む。
すると、プルートゥはホールの外へ飛び出そうと駆け出した。
「キャァアアーッ!」
悲鳴と共に引きずられるグレル。
しかし彼は、とっさに私の手を掴んだ。
「え、 ぎゃぁああ…!」
「おいリユ…っ、」
今度はクラレンスが私の腕を掴む。
だが勢いづいた魔犬を引き留めることは出来ず、プルートゥに引っぱられるような形で私達は屋敷から飛び出した。
†
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