その姫、代行1/4
“12月14日、とある少年がこの世に生を受けた日。
12月14日、とある少年が祝福の言葉をその身に浴びる日。
12月14日、とある少年の屋敷が、紅蓮の炎に呑まれた日。
12月14日、とある少年の人生が、壊れた日。
そして12月14日はー “
数日前のフロストフェアで、私は指輪を手に入れられないままロンドンを後にした。
もし物語通りエリザベスの手に渡っているのだとしたら、私にはもう一度指輪を手に入れるチャンスがある。
エリザベスはシエルへそれを渡す為に屋敷へやってくる筈だ。そして彼女は、セバスチャンによって修復された指輪を見て、シエルに自分の持ってきた指輪を渡さないまま帰っていく。
「物語通りならこうなるんだよね…」
小さな手帳にメモしながら私は裏庭の階段に腰掛けていた。
この世界へやってきてから随分経ち時々記憶が曖昧になる。
……こうして先の流れを記しておかないと自分がどう動いていいのか分からなくなりそうだった。
エリザベスがやって来る日は今日だ。
この前のフロストフェアみたいな馬鹿な失敗はしたくない。
「なんとかしてリジーちゃんから指輪を貰わないと!」
手帳を閉じて立ち上がった。
執事サンに見つかる前に仕事へ戻らないと。
「小言聞くのはごめんだからね」
「そうですか。では、小言でなければ良いんですね?」
「………幻聴が聞こえる」
耳元で囁かれた声に私はゆっくりと其方を振り返る。
長い睫に縁取られた紅茶色の瞳が私のすぐ真横にあった。
「堂々と仕事をさぼるとは良い身分ですね?」
普段より声のトーンが落ちたらそれは危険のサインなのだと、私も最近はよく解ってきた。
だから。
「すみませんでしたー!」
こういう時はすぐにその場から立ち去るのが一番だ。セバスチャンだって余程暇でない限り最近はそれ以上構ってこない。
が、今日は違った。
待てと言わんばかりに彼に片腕を掴まれる。
「な、なんでしょーか」
「リユ、先程までの事は許してあげますから、ひとつお使いを頼みたいのですが」
「買い物、ですか?街に?」
「ええ、こちらに必要な物は書いてありますから」
セバスチャンはバスケットと小さな紙を差し出しながら言った。
「後、買い物ついでに立ち寄ってもらいたい店があります」
地図を手渡され、私はバスケットごと受け取った。
「では宜しくお願いしますね」
「あの、もしかして今すぐじゃないと駄目ですか…?」
彼を見上げて訊ねる。
頭をよぎったのは指輪を持ってやって来るエリザベスの事。入れ違いになってしまったら意味がないじゃないか…!
せめてエリザベスが屋敷に来た後で、と思ったのだが。
「当たり前でしょう。今すぐですよ。特に、立ち寄ってもらいたい店には昼中に行くと伝えてあるんですから」
溜息が出そうになった。
いや、もう出てたかもしれないな。
どうしてこうも、何一つ思い通りにはいかないのだろうか。
ことごとく何かに邪魔されるみたいに、流れには逆らえないとでも言うように。
セバスチャンに言われて行った店に着くと店内には様々な種類の時計が並んでいた。
「あの…予約してたものを取りに来たんですけど」
カウンターにいる物静かな雰囲気のおじいさんに声をかけると彼はにっこり笑って頷いた。
「お待ちしておりました。少々お待ちを」
おじいさんは店の奥へと姿を消す。待っている間、私は周りに並んでいる時計達を眺めていた。
壁に掛かっているものや柱時計の他に、ガラスケースにも懐中時計が豊富に置いてある。
時間を刻む音が店中に響いている。
それと同時に焦る気持ちが膨らんでいった。
どうか間に合いますように。
店のおじいさんが持ってきた小箱を受け取り、買い物を済ませたバスケットを抱え私は急いで屋敷へと帰った。
小箱の中身は多少気になったが今はそんな事を言ってる場合じゃない。
しかし、庭で掃き掃除をしていたフィニとメイリンに訊けば、エリザベスはつい先程帰っていったとの事。
「エリザベス様すぐ帰っちゃったんだよ」
「一体何をなさりに来たのかさっぱりですだよ」
首を傾げる二人に曖昧な笑みを返し、私はバスケットと小箱をセバスチャンに渡しにいった。
ああほんとに、何一つ出来ないまま全部すり抜けていく。
†
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