その姫、沈潜1/3
「ではこれより審査を開始します!」
フロストフェアのコンテスト審査が始まり、たくさん人が集まってきた。
コンテストの司会が初めに紹介したのはアバーラインさん達の氷像。
しかし、スコットランドヤードの愉快な仲間達チームが作った“ロンドンの守護者”は、子爵達審査員には不評で評価は低い。
隣に立っていたシエルはさして興味を示すこともなくコンテストを傍観している。
「伯爵はいつも余裕だよねえ」
後ろに立っていた劉さんが私に耳打ちをする。
「ですね。でも劉さんも良い勝負だと思いますよ」
「ほんとに?いやあリユにそう言ってもらえると嬉しいよ」
話しているうちに劉達のチームの審査がやってきたが、司会は諸事情により審査拒否をするとの事。
藍猫ちゃんそっくりの見事な氷像は身体の部分が×印の紙で隠されていた。
その結果に意外そうに首を傾げる劉。
「なんで?」
「此処であんなものを公開して良い訳がないだろうが…!!」
怒鳴るシエルに頷けない事もない。
でもドルイット子爵には好評らしかった。
呆れて溜息を吐くシエルは隣に控える執事に目を遣った。
「勝てるな?セバスチャン」
「勿論です。坊ちゃんが命じられた以上、私はその命を違える事はありません」
当然、と言わんばかりのその口調。
確かに、シエルはコンテストに勝てと彼に命じたのだ。勝者に贈られる指輪を手にする為に。
……指輪。
もう後が無くなってきた。物語通りに指輪が川に沈むのは避けたいのに。
残るはギリギリのタイミングに賭けるしかない、と思った。
混乱に乗じて上手く指輪を手に入れられると良いのだけれど。
考えていたら、いつの間にか大きな歓声が上がっていた。
審査員も席から立ち上がり、氷上に現れた本物さながらのノアの方舟を見入る。
「これは凄い!それでは得点を、」
「お待ち下さい。まだ、全てを御覧にいれた訳ではありません」
司会の声を遮り、セバスチャンは指を鳴らす。すると、巨大な方舟は真っ二つに割れ舟の上に動物達の繊細な彫刻が姿を見せた。
多くの歓声が沸き上がる中、シエルは余裕の微笑を口元に湛える。
審査員の老紳士に高名な氷像彫刻家かと問われたセバスチャンはいつものようににこりと笑った。
「いいえ?私はあくまで執事ですから」
そして再び司会が採点をと声を上げたちょうどその時、一人の男が現れた。
「ちょっと待ったあ!この指輪は元々俺たちのもんだ。悪いが返してもらうぜ」
銃を構えたその男は、青い指輪を嵌めた氷像の側に立つ。その近くには二人の男が控えており、アバーラインは目を見開いた。
「何?貴様らまさか」
「そうよ。近頃ロンドンで噂の爆破窃盗団とは俺達の事」
そう言って男が自分のコートを捲ると体に大量の爆弾が巻き付けてあった。
側にいた二人の男達も足下の樽を蹴り、中から出てきたダイナマイトを此方に見せつける。
「10数えてやる。死にたくなきゃとっとと此処から失せな」
火を取り出しカウントを始める窃盗団の男。
周りにいた観客達は大慌てで逃げていく。
「リユは逃げないのかい?」
劉に声をかけられ私は笑顔で頷いた。
「劉さんも藍猫ちゃんも先に行ってて下さい」
「………」
無表情でじっと私を見つめてくる藍猫に劉はのんびりと笑って告げた。
「リユは大丈夫だよ、伯爵と執事君がいるからね。それじゃあ我達は行こうか藍猫」
バイバイと暢気に手を振って二人はその場を後にする。
「坊ちゃん」
そんな中で一人立っている小さな主人に執事は後ろから声をかけた。
「僕の命令は変わらない。やれ、セバスチャン」
「イエス マイロード」
恭しく頷いたと思ったらセバスチャンはいつの間にか姿を消していた。
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