悪魔でモデルですから 2/3
「では宜しくお願いします」
鏡越しに微笑むミカエリスさん。
私が緊張して姿勢を正せば彼はくすりと笑みを零した。
メイク道具を手に取り、小さく深呼吸して彼のメイクを始めた。
私よりずっと白い彼の肌に触れるのは今までにないくらい緊張した。
こんな綺麗な顔にメイクする必要あるのかなと思ってしまう。
それにしても、睫毛が長い。
ふっと眼を伏せた綺麗な横顔に、朱を引いた様な艶やかで形の良い唇。
シャープな顎のラインと首筋、ざっくり開いた黒い衣装から晒された鎖骨に胸元は、間近で見ると益々艶めかしい。
時々私の手や腕に感じる彼の吐息には不覚にも指先が震えてしまう。
「寒いのですか?」
「えっ?」
唐突に声を掛けられ手が止まった。
「先程から手が震えていらっしゃいますよ」
にこやかに鏡を見ながら言うミカエリスさんは、何故かとても上機嫌だった。
私は謝ってからメイクを再開しようとリップブラシを手に取った。
が、彼の口元へ運んだ所でその手を掴まれる。
「あ、あの…?」
私は頬が熱くなるのを感じながら首を傾げた。
「ユイさん。古来、化粧は魔除けの意味があったのは御存知ですか」
「へ?…はあ、」
突拍子もない事を言われ歯切れの悪い返事をしてしまう。
ミカエリスさんは私の手を掴んだまま薄く眼を伏せて話続ける。
「本来は口や耳から悪魔が体内へ入ってこない様にする為、昔は赤い色で化粧を施していたそうです。
しかしそれは所詮意識の問題…。現代の隙だらけの人間が魔除けの意味さえ知らず化粧をしたところで、意味などありません」
そう言って、彼は私の指先に綺麗な唇をそっと寄せた。
「…っ!!」
驚きで声も出せない私の方に顔を向けて、彼は口端を釣り上げた。
「失礼しました。随分と美味しそうな指先でしたから」
「なっななな…っ!ミカエリスさん!!」
慌てて身を引こうとすれば腕を引かれた。
私は俯せの状態で彼の膝の上に倒れ込んだ。
「きゃあっ」
するりと長い指で項をなぞられ声が上がる。
「やはり本当に美味しそうな人ですね」
可愛いですよとあの甘い声色で囁かれた。
そのまま私は首の後ろを長い舌でペロリと舐められ、真っ白な歯で緩く食まれた。
気絶してしまったのは言うまでもない。
目を開けると私はさっきまでメイクをしていた部屋のソファで寝ていた。
壁の掛け時計はファッションショー終了の時刻からだいぶ経っている。
「嘘っ!?…メイクは!?」
飛び起きて叫ぶと誰もいなかった部屋にミカエリスさんが入ってきた。
「おはよう御座いますユイさん。ファッションショーならもう終わりましたよ」
ブーツカットの黒いジーンズにシャツを羽織った私服な彼。
「心配しなくとも私が話はしておきましたから」
その途端、私はこのモデルにされた事を思い出しソファの上で真っ赤になる。
いつの間にか側にやってきた彼が、シャツのボタンも留めずに綺麗に筋肉のついた体を晒しているのにも気付いた。
「あっ、あのっ、ボタン…!止めて下さいっ」
「嗚呼…、構いませんよ。貴女になら全て見せて差し上げます」
平然と微笑み、悪魔の美貌を持つモデルはソファと私を挟むようにして壁に片手をついた。
身の危険を感じて全力で首を振る。
「いいえっ!けっけけけっこう、です…」
「つれない方ですねぇ」
彼の細く長い指が私の肩を掴んだ。そして頭を傾けて、私の耳元で囁く。
「本当は見たいでしょう?悪魔の絶対領域」
体が痺れるような甘く低い声とあまりにも妖艶なその姿に私のキャパシティはオーバーした。
紙面でも画面でも
暴けない、
妖しい秘密の ――
(見たくないです知りたくないです助けて社長ーっ!!)(これからは私専属になって下さいね)(きゃああっ!シャツ脱がないで下さぃいいっ!)
[
←] |
→あとがき