そわそわ、そわそわ。


今日の凛くんはなんだかよくわからないけれど朝から落ち着きがないように思える。
もちろん、いつものように私がしゃべりかけたら返事はちゃんとしてくれるし、しゃべりかけてもきてくれる。
だけど、なんとなく、ほんっとーーーになんとなくなんだけど、ちょっぴり違和感。
でも、決して嫌な違和感ではなくて、なんていうか……、例えて言うなら、いつも目玉焼きにソースを掛けて食べる人が、今日は何故かしょうゆを掛けて食べてる。でもそこに、何か明確な理由があるわけでもないようだから敢えて突っ込まない。
こんな感じ、って言ったら伝わるかな?
うーん、自分でもどう伝えたらいいのか分かんないです。

今日はお互いバイトもなくて、凛くんの方から会いたいって言ってくれて、もちろん二つ返事で了承。

そうして今、凛くんのお家にお邪魔しているわけだけど、ちょっとだけ……私の方が、凛くんが足りない、って感じ。

くっつきたいなぁ、と思って、ソファでテレビを見ている彼の横にピッタリと寄り添って座ってみる。すると彼は、私よりもその大きな体をちょっとだけビクッとさせてチラッとこちらを見たけど、特に何も言わずにそっと手を握ってくれて、空いているもう片方の手でよしよしと頭を撫でてくれる。


あぁ、これだけで癒されるなんて。

凛くんって本当にすごい。

(そしてなんて単純な私)



そのまま彼の対象はテレビから私に移ったようで、サラサラと髪を触られたり、スリスリと頬を撫でられたり。
「テレビ、見なくていいの?」って聞いたら、「こうやって名前ちゃんに触ってる方が楽しいよ」だって。


……もう! あなたの何気ないその一言が、私の心臓をうるさくさせるってこと知ってるくせに。
凛くんは時々意地悪だ。


天気も良くてせっかくのお出掛け日和だけど、こうやって二人でのんびりと家で過ごす方がすっごく幸せ。贅沢すぎる休日である。

さっきまでの違和感はすっかりどこかへ飛んでいってしまって、彼の服に頬をすり寄せ、スンスンと匂いを嗅ぐとそのままウトウトと頭が舟を漕ぎだしてしまう。
彼の隣に居ると、何故か眠たくないのにも関わらず眠気がやってきてしまう。
(それだけ私が彼に安心している、心を許しているということなのだけれど)
彼にそっと眼鏡を外され、「おやすみ。また、あとでね」と耳元で囁かれ、こめかみに優しいキスが一つ落ちてくる。

おやすみなさい、と言い切る前に、私はふわふわな夢の世界へと旅立つ。




***




目が覚めるとそこは凛くんのベッドの上で。もちろん体にはしっかりとブランケットがかけられている。

あぁ、また私はやってしまったのだな……と溜め息を一つ。

彼の家に遊びに来てそのまま寝てしまうことが多々あり、その度に彼は何も言わずにベッドへ運んでくれる。
(多分お姫様抱っこで運んでくれているのだろうけど、毎回それを覚えていない自分、ほんとギルティ……!)

彼がベッドサイドに置いてくれたであろう眼鏡を手に取りリビングへ行くと、ちょうど夕飯時か、彼がキッチンに立ってご飯を作っているところだった。

包丁を使っていないことを確認し、「おはよう……」と声を掛けてからエプロン姿の彼に後ろから抱き着く。


「ごめんね、寝ちゃって……。あとご飯も……」

「ううん、今日は僕が作りたかったから。あ、もちろん名前ちゃんの手料理も今度食べさせてね?」


にこりと笑った彼はボウルの中に入っている具材を混ぜながらそう言ってきた。
「何作ってるの?」と聞けば、「ハンバーグ。名前ちゃん好きだったよね?」と問い掛けてくる。


「うん! 凛くんの作ったハンバーグ好き。すっごく私好みの味なんだもん」

「ありがとう。名前ちゃんは今でもお子様ランチとか好きそうなイメージあるなぁ……」

「なっ……! そりゃあ、お子様ランチ大好きだけど! 今でも食べたいとか思ってるけど! 凛くんだって好きだったでしょ……?!」

「うん。僕も今でも食べたいなぁって思うよ。一緒だね」


ニコニコしながら、でも時々こちらを見ながら話してくれる凛くん。

一緒だね、なんて。

多分友達に言われても、そうだねー、としか言わないんだろうけど、彼に言われることで余計に嬉しくなる。お互いに好きなものが同じだと嬉しいし、これからもそういうものが増えていくんだろうなと思うと自然とニヤニヤしてしまうのはしょうがないことだ。

抱き着いたままの体勢で、思わず彼の無防備な腕を後ろからすりすりと撫でていると「あ、味見する?」と聞かれるが、まだ挽き肉状態のモノを味見するのはどうなんだろうかと思う。
が、家族のためによくご飯を作っていた彼が聞いてくるくらいなんだから大丈夫なんだろう。

「うんっ、味見させてー」と答え、スプーンを取ろうとしたら、「はい、どうぞ」と、何故か彼の指の上に少しだけ乗せられた具材。


(………えっ! このまま直接味見してみて、ってことなのかな。……そうすると、彼の指ごと食べることになっちゃうからなんかちょっと恥ずかしいんだけど……)


チラッと彼を見てみても、どうしたの? 食べないの? そんな風に見つめてくる。


(うーん……まあ、凛くんが気にしてないなら大丈夫か……)


ちょっと恥ずかしいけど……、いただきます。

具材が乗っている彼の指を少しだけ咥え、そのままぺろりと味見させていただく。


うん、美味しい!


「凛くん! 美味しいよ!」


ばっちぐー!


そう言おうとしたのに、それは叶わなくて。


私が感想を言い終わる前に彼も指で具材を掬い自分の口へ入れたと思ったら、そのまま彼の顔が近付いてきて、こちらが避ける間もなく唇をくっつけてくる。
(ちょっと、待っ……! )


自然と口が開き、そこを狙ったかのように舌と具を入れてくる。くちゃりとした音とぴちゃぴちゃとした水音。所謂口移しの状態でそのままキスに移行した。


「ふぐっ、うぅ……っ……! ふぁ、やぅ……っ」


普段は温厚な彼がこういう時にだけ獣になるなんて誰が思うだろう。
一瞬だけギラついた目に吸い込まれそうになる。
が、限界がきてしまって、息継ぎをさせてくれるよう催促するとペロリと上唇を舐められて「ごちそうさま」と言われる。


「ごっ……、ごちそうさまじゃないよ……!ご飯前に何してるの!」


唇の端から溢れた唾液を拭い怒ったフリをするも、彼はニコニコしながら料理の続きを再開するだけ。

(なぁっ……! あとでこっそりハンバーグにカラシ入れてやるんだから……!)


結局、最後の最後まで私が手伝うことはなく(というか手伝わせてくれなかった)、カラシを入れるタイミングも見失った。


恐るべし水戸部シェフ。




 


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