誰もいなくなった教室で、よっこいせと自分の机の上に座り、外を眺めながらこの三年間にあった出来事を思い返す。
最後に過ごしたこの席は、窓側の、前から三番目という良いような悪いような席だったが、たまにあの人が体育をしている姿が見れたりしてなかなかいいポジションだったと思う。
だけど、もうこの席からあの人の姿を見ることもない。
少しだけ思い出を振り返ってみる。
少なからず馬鹿なことはして、笑ったり泣いたり怒られたりした。テストの点が悪くて居残り補習を受けたこともあったし、仮病を使って保健室でぐうたらしていたこともあった。
二年生に進級し、五月半ば頃にやった席替えで、席が前後になったことでちょくちょく岡村という男子と喋るようになった。
そんなある日、私が帰宅部であり、且つ元バスケ経験者だと知った岡村が「男バスのマネージャーになってくれんか!」といきなり言ってきた。暇だからまあいいかな、と思い、しかし正式な入部は丁寧にお断りした。こんな中途半端な気持ちで入部されても部員もいい気持ちはしないだろうと思ったからだ。最初は軽いお手伝いだけのつもりでやっていたが、結局みんなとも打ち解け、気付いたら正式にマネージャーとして入部していた。
もちろんマネージャーの先輩も後輩もおらずすごく大変だったけど、部員のみんなも優しくて、一人一人がチームのために、と頑張っていた。私もこのチームのために最後まで頑張りたいと思った。一年生のクソ生意気なキセキのなんちゃらとやらには驚かされたけど…。
そして知らない間にあの人に、
福井健介という男に恋をしていた。
――ガラガラガラッ
と、突然教室の扉が開けられる。
せっかく人が物思いにふけっているのに誰よ。
忘れ物でも取りに来たのだろうかと思って振り返って見て、急に金縛りにあったかのように体が動かなくなる。
――なんでこのタイミングであなたなの。
「…福井」
「何回か電話したんだけど。なにしてんだよ」
「…あ、ごめん。マナーだったわ」
「みんなお前待ちだったんだぞ」
まあ、先に店行かせたけど。と言って、私の前の席の、田中君の机の上に座って外を眺める。(福井に座って貰えたなんて羨ましいぞ田中)
忘れていた訳ではないが、この後バスケ部のみんなで打ち上げをする予定なのだ。
なんで福井が来てくれたんだろうとか、この際野暮な疑問は置いておこう。
「店、行かねーの」
「…いや、行くけど。…もうちょっと高校生活最後の雰囲気を感じていたいといいますか…」
「…ふーん。そうか」
(…え、それだけ?もっとこうなんか、俺もお前と二人きりのこの空間を感じてたいぜ。とか、お前とももう離ればなれなんだな。とか、冗談でも言ってくれたっていいのに。いや、キャラじゃないのは分かってるけど)
とは言えず、お互い何故か無言という空気が続く。
口の中が無性に渇いていて、福井とは今までどんな風に会話していたっけと思うぐらいには何を喋ったらいいのか分からない。
「そういえばお前どこの大学だっけ?今更だけど」
………おいまじか。
どれだけ私に興味ないんだよ。
「…本当今更すぎて泣けるんだけど」
「うるせー。冗談だよ知ってるっつーの」
泣き真似したら頭を叩かれました。痛い。
前々から福井にはよく頭を叩かれていたけど、そんな叩きやすい頭してるかな。死んだ脳細胞ちゃん達よ戻ってこい。
「…福井は東京だよね。えーっと、△△△大学だっけ」
「おう。学部は違うけど岡村も同じ大学だし。あとはお前みたいに地元に残るっていう奴らが多いな。どっちにしろ、もう前みたいに気軽に集まれなくなるのは寂しいよな」
あー、バスケしてぇー。と、あの福井が珍しくしんみりしていた。
なによ。そんなしんみりしないでよ。急に現実的になるのやめようよ。私だってみんなと離れるの寂しいよ。福井と離れるの寂しいよ。すぐに会える距離じゃなくなるんだよ。暇な日に、みんなでバスケやろーぜ。って言っても、もうすぐには集まれないんだよ。
なんでよ。
なんでみんなバラバラなのよ。