圧倒されたままボーッとしていると、「さっ、すぐに隣の校舎いくよ」と、そのままみかに手を引かれ、再び人混みを掻き分けながら出口へと向かう。
ただ言われるがままに彼女に付いていく私は頭の中が「?」になっていて、でも何しにいくのかなんて聞く暇もなくて、少しだけ秀徳高校の中の構造が知れていくのが嬉しい。
こちらの校舎はほとんどが特別教室(例えば音楽室とか理科室とか)ばかりらしく、隣の校舎ほど今は賑やかではないので大きな声でしゃべることが少し躊躇われる。
だけど彼女は気にせず、「ここは補習でたまに使ったりする」とか「この前化学の実験で試験管一個割った」などのようなおもしろい小話をしてくれる。
(ていうか荒ぶりすぎでしょ)
普段あまり使われないような空き教室に到着し、「何かあったら電話して」とだけ言って彼女はどこかへ行ってしまった。
いったいここで何があるんだろう。
特にすることもなく、適当な机に腰掛け、足をブラブラさせながら今日あった出来事を振り返る。
(まず、変な人達に絡まれているところを助けてもらったでしょ、ギャルソン姿が見れたでしょ、秀徳の制服を着て清志くんとデートできたでしょ、清志くんの生歌が聴けたでしょ、それから……)
すべてが彼のことばっかりだ。
なんて恥ずかしい。
数分後、廊下から足音が聞こえてくる。
誰かな。秀徳の先生? 生徒? みか?
ガラリと開けられたドアの向こうにいたのは──、
「……清志くん!」
「ゴメン、待たせた……!」
先ほどまでステージで歌っていた清志くんだった。
息を切らしながら入ってきた彼は私の向かい側の机に座り、「あっちぃー……」と言いながら滴り落ちる汗を腕で拭う。
部活の練習終わりなんじゃないかというぐらいの汗を掻いていたので、ポケットからハンカチを取り出して彼の汗を拭ってあげる。
「ハンカチ、汗臭くなるぞ」と言われたけど、「いいの。清志くんの汗ごと清志くんが好きだから」と返す。
この言葉にウソはない。
ある程度彼の汗が引いたところでハンカチをしまう。
すると彼は一旦立ち上がり、教室内のカーテンを閉めだす。直射日光がきつかったのだろうか。
席に戻ってきて、流れるようにそのまま右手を取られ、軽い握手のような形で時々手の甲や指をさわさわと擦られる。少しだけ汗でしっとりしている。
「……さっきの、びっくりした?」
私のために歌ってくれたことを言ってくれているのだろう。
「うん、すっごくびっくりしたよ。あと恥ずかしかった」と素直に答えて笑うと、「だよな」と言って彼も静かに笑う。
少しだけ頬と鼻の頭が赤くなっているのは暑さのせいもあるかもしれない。
私の手を擦っていた彼の手が止まる。
「名前」
「うん」
「好きだよ」
「私も。清志くんのこと大好きだよ」
何十回、何百回と言ってくれた言葉を彼は何度でも言ってくれる。
熱を込めて、うわ言かのように、無意識に。
「……もし私に、清志くんと別れたい理由が三つあったらどうする?」
「別れたくない理由100探す」
「そんなにあるかな」とクスクスと笑った私に「……あるよ」と言って、顔を近付けてそっとキスをしてくれるあなた。
少しだけ顎を持たれて口を開かされる。
キスなんて何回もしているのに、彼はまるでいつも初めてするかのように、口の中を探るかのように舌を動かして、私の中をめちゃくちゃにしていく。私の息が上がってくると少しだけ休憩して、また唇をくっつけてくる。
彼は私とのキスが好きらしい。私も好きだ。
そのうちだんだんと体がぴったりと密着していき、ついには制服のリボンに手をかけられ、背中に手が入り込む。
「……っ! 清志くん、待っ……」
「待てない」
私を射止めるような目付きで見てきて、
「制服姿見たときからずっと我慢してた。この姿のままの、名前とシたい……」
と、変な暴露をされたけど、もちろんここは教室だし、誰が入ってくるかもわからない。
それを伝えると、鍵は閉めたから、などと言って再び私の体を優しく触りだす。
そういう問題じゃないよ。
私だって、出来ることならこのまま清志くんに愛されたいと思う。
でも、一番大事なことを彼は忘れてる。
「……これっ、私の制服じゃないよっ……!」
それを言った瞬間彼はハッとなり、今まで私の背中をまさぐっていた手もピタリと止まる。
急に夢から覚めたかのような顔に戻り、「……っぶねぇ」と一言。
その呆けた顔に私がプッと吹き出すと、彼も笑って、少し乱れた私の制服を綺麗に正す。
「危なかったね」
「……悪い。俺、すっかり舞い上がってた」
「危うく誰かさんに殺されるところだったよ」
「あぁ……そうだな……」
急に耳の垂れた犬のようにシュンとした彼を見て愛しさが込み上げてくるのは、やはり私がただの清志くんバカだからだと思う。
「卒業したら、この制服もらえるように頼んでみようか?」と聞いた私に、「……それなら新しく購入する」と真面目な顔をして答えた彼に、やはり私は愛しさが込み上げてくるのだった。
これからも、私達だけの無限にある公約数を探していこうよ。
ね、清志?
(後日、この出来事をこっそりみかに伝えるとブチ切れたのは言うまでもない)