とりあえず、いつまでもこんな所にいると鈴木に怒られそうなので、彼女を俺達の教室に案内するためにも手を取り誘導する。
「きっ、清志くん、みんないるのにっ……!」と言って、手を離そうとする彼女。
みんないるからなんだってんだ。
確かに、私服姿の名前は目立つだろうし、俺に彼女がいるということは一部の人間しか知らないから余計周りの目が気になるのはしょうがないかもしれない。
けど俺は、むしろお前を自慢しながら歩き回りたいぐらいなんだ。俺にはこんな可愛い彼女がいるんだぞ、俺の彼女なんだから誰も手出すんじゃねぇぞ、っつって。
そのためにも彼女の歩幅に合わせてわざとゆっくり歩いてんだ。気付いてるか?
俺のクラスがある階に上り、廊下ですれ違う奴らのヒソヒソ声が聞こえてくる。
「え! 宮地って彼女いたの! めっちゃ可愛いじゃん」
「多分他校の女子だよな。にしても可愛いわ」
「うそっ……! 宮地先輩が女の人と手繋いでる。彼女かな? 絶対彼女だよね」
「じゃああの人が噂の他校の彼女さんなんだ……。うわぁ、美人過ぎだよ〜」
優越感に浸りまくる俺と、反対に下を向きながら歩く彼女。恐らく照れているんだと思う。
やっと俺の教室に着いた頃には、ほんとにただの茹でダコ状態。ちょっと苛めすぎたかな。
「名前、着いたぞ?」
そう告げると、「もう! 清志くんのバカ! みかに言いつけるから!」と、本当のタコのように頬を膨らませて言う。
や、それだけはちょっと勘弁してほしいかも……と思っていると、タイミングがいいのか悪いのか、鈴木が接客から戻ってきた。
「名前! ちょっと遅かったから宮地に何かされてるのかと思って心配したよ」と、失礼極まりない発言をする鈴木に対し、「みかぁ〜〜! 清志くんに見せ物にされた〜〜!」と言い、うわぁぁん! と泣いたフリをして鈴木に抱き付く彼女。
待って。その誤解を生むような言い方はやめよう、やめてください。
「は? てめぇ、宮地。うちの可愛い従姉妹になにしてくれてんの」
「いや、ちげーから! 客寄せの奴らから名前助けただけだから」
「………って宮地言ってるけど。実際どうなの、名前」
「うん! 清志くんに助けてもらったの! もう超超カッコ良かったんだから! みかにも見せてあげたかったな〜。あ、のど渇いたからなんか飲みたーい!」
「…………。廊下にセルフサービスの水あるからそれ飲みな?」
そう言って鈴木はカーテンで仕切られた奥に引っ込んでいった。
……俺が言うことじゃないけど、なんかゴメン、鈴木。
「清志くん、清志くんのオススメはなに?」
やっと席に落ち着いた彼女が、メニュー表とにらめっこをしながら聞いてくる。
なんていうか、普段、俺が何気なく過ごしているこの教室に名前がいるんだと改めて思うと、じわりじわりと嬉しさが込み上げてくる。ほんとに、同じ学校で、同じクラスになっていたら、今頃俺らはどんな感じになっていたんだろう。
とりあえず、彼女が座った奴のイスと俺のイスを後で交換する。俺キモい。
「あー、木村ん家のパイナップル使ったケーキとかジュース。あとは女子ウケがいいチョコパとか。ちょうど昼飯時だし、腹減ってんなら大坪に炒飯とか焼きそば作らせるけど」
「んー、他のお店のモノも食べたいから、軽めのパイナップルケーキにしとこうかな。清志くんはいつから休憩なの?」
「多分もうちょっとしてからだな。そしたらどっか違う所で一緒に飯食うか」
「わかった! それじゃあ清志くんが休憩入るまで、ここで清志くんの接客見てるね。頑張ってね、ボーイさん?」
そう言ってウインクしてくる名前の破壊力といったら。
もうなんかお手上げだし、名前に見られながら接客するのかと思うと変に緊張してくる。
(頼むからヘマだけはするなよ、俺!)
じゃあ行ってくるわ、と接客に戻ろうとした俺のシャツをぐいっと引っ張った彼女は、こっそり耳打ちするかのように顔を近付けてくる。
何事かと思ったら、
「あのね、さっきはちゃんと言えなかったけど、ほんとにほんとにすっごくカッコいい。清志に接客してもらう他のお客さん見たら嫉妬しちゃうかも」
だって。
だから、その言葉とか、その上目遣いを使われるとキスしたくなっちまうから。
ほんとに、ほんとに勘弁してください。
***
14時を回ったところである程度落ち着き、ウチのクラスはなかなかの繁盛ぶりだった。
思ったよりも彼女を待たせてしまっていて退屈させていないかと心配になったが、鈴木が時々相手をしていたし、クラスの一部の女子とも仲良くなったようでその辺りは大丈夫そうだった。
調理係の大坪と木村が戻ってきたときも喋ったりしていて、自分の彼女ながら「スペック高いな」と感心したほどだ。
「あ、宮地」と鈴木から呼び止められ、そろそろ俺の交代の番が回ってきたのだと察する。
「ちょっと延長させたね、ゴメン。もう午後の人達と交代して、あとは名前といろいろ見て回ってきなよ」
「おう、そうさせてもらうわ。名前は?」
「トイレじゃない?その間にあんたも着替えてきなよ。汗臭いから」
ニヤリと笑って奥に引っ込んだアイツをお願いだから一発殴らせてください。
「……なあ、大坪」
「なんだ」
「俺いつになったらアイツ殴っていいかな」
「一生無理だと思うぞ」
「そうか」
「そうだ」
「……なあ、木村」
「なんだ」
「俺いつになったらアイツにパイナップル投げつけていいかな」
「逆にやり返されるんじゃないのか?」
「そうか」
「そうだ」
結論:俺の味方は名前だけだった。