「え、それ本気で言ってんの?」

『本気もなにもしょうがねぇだろ。先輩に言われたんだから』


断るにも断れねぇよ──。


そう言ってこのとき、君は溜め息をついたね。

でもごめん。悪いけど、溜め息つきたいのは私の方だから。









ことの始まりは健介からの電話。


手短に話すと、前々から約束していたことを、たかだか急遽決まった飲み会にぶち壊されそうになっているんです。

せっかくの記念日にどこの誰かも知らない奴らに大好きな人をとられて、しかも飲み会に行くって? それってどうせ女の子だってくるんでしょう? ほんとふざけんな。

例えば私がなんの約束もなしに前日になっていきなり、「明日記念日だよ! ご飯行こ!」って言ったのなら、そのときは健介にだって予定があるかもしれないわけだし断られるのは分かる。
だけど、もう何週間も前からこの日は会おうねって約束してたじゃん。最近新しく出来たお店に行きたいって言ったら、「はいはい。どこでも連れてってやるよ」って笑って言ってくれたのは健介だったよね。
それをなに。先輩に飲み会来いって言われたからその日会えなくなった? もうやだほんとムカつく。


「いやいや、こっち先約じゃん。早めに抜けてくるとか出来ないの?」

『だから、先輩絡んでるし、その人けっこうめんどくさい人だから無理なんだって。本当ごめんって』

「……だってそれ、女の子もいるんでしょ」


確信を持ってそう言うと、案の定、『まぁ、多分な……』と言葉を濁す彼。
もう半分キレ気味の私。

大学生になってから付き合いとか増えるのは分かるし、現に私だって何回か約束をキャンセルしたことだってある。もちろんそこには大学関係のこと、バイト関係のことが含まれているわけだけど。

……だけど、健介と約束がある日に急に飲み会とかに誘われたとしても何かしら理由を付けて断っているし、それが合コンだと分かったものならドタキャンだってすることある。
もちろん、友達や先輩には良く思われてないかもしれないけど、健介に勘違いされるくらいならそっちの方が全然マシだ。

なのに、それでこの仕打ちってあんまりじゃないのかな。


「………分かった、もういいよ。先輩から′セわれたんならしょうがないよね。その日はなしで。私もバイト入れるわ。どうぞごゆっくり楽しんで」


嫌味な言い方だと頭では分かっているのに、止まらない。止められない。


『ちょっと待てって。別に俺だって行きたくて行くわけじゃねぇんだぞ。そういう言い方すんなよ』


そういうの本当ムリだわ……と、ボソッと言った健介の言葉がはっきりと聞こえてしまった。

だめだ、本当あったまキタ。


「ねえムリってなに? その台詞そのまんま返すわ。先輩が先輩が、っていちいち言ってるけど、どうせ健介だって女の子達と喋りたいとか思ってんでしょ?!」

『は? 誰もそんなこと言ってねぇだろ。いちいち突っ掛かってくんのやめろって。……そういうとこ、マジで嫌い』

「…………は?」


私の聞き間違いであってほしいと思う。電話越しで言われた言葉が頭の中で響いて反響している。



マジで嫌い



初めて聞いた彼からの「嫌い」という言葉。


なにこれ、どうしよう。すっごい刺さった。


ズキンズキンと心が痛みだす。



向こうから「名前……? 悪い、今のは言い過ぎた、ごめん。……なぁ、聞いてる?」って声が聞こえる。


聞いてるよ。聞こえてるよ。


でも、聞きたくない。


嫌い≠ネんて、聞きたくないっ……!!



勢いのまま通話終了のボタンをタップし、携帯をそのままベッドに投げ捨てる。


ふざけんな馬鹿! 約束破ったのそっちじゃん。なんなの! なんで私が悪いみたいになってんの!!

訳もわからず悔し涙が出てきて唇を噛み、枕をおもいっきり壁にぶつける。机の上に置いてあったプリント類をぶちまける。鏡を見て自分の顔にげんなりする。
ひっどい顔。最悪。なにもかもが最悪。


明日は楽しい記念日になるはずだったのに。
いいよ! バイト入れてやるから!


放り投げた携帯を再び手に取り、即座にバイト先に電話。


「……もしもし店長? お疲れ様です名字です。いきなりなんですけど、明日バイト入れてもらえませんか。あ、マジですか……! ありがとうございます! はーい、お疲れ様でーす」


人手が足りなかったからとすんなりと入れさせてもらえた。
(イェーイ! 超ラッキー!)


すると、電話を切ってから直ぐ様携帯が震動し、次に画面に映し出されたのは彼の名前。………無視だ、無視。その後、LINEも何通か来たのだが既読せずに総無視!


今さら機嫌取ろうとか、絶対許さないんだから。


明日のバイト、面子誰だろ……と思いながら、その日はそのままベッドに入った。




***




朝を迎え、すっきりとしない気持ちのまま大学へ行く準備をする。朝ご飯を食べながら今まで見て見ぬフリをしていた携帯を見ると、昨夜からのも合わせて着信三件、LINEが数件。

全部健介からだった。


(見たいけど、見たくない)

(見たくないけど、見たい)


そんな気持ちがぐるぐるとしていて、ご飯を食べる手もあまり進まなくて。
そんなときに母から、「あんた今日健介くんと会うんでしょ? 遅くなるようなら連絡しなさいね」と言われる。

お母さん、今その話は地雷なんですけど。


「……それなくなった。バイト入ったから。ラストまでだと思うから帰りはいつも通り遅くなると思う」


あら、残念ねぇ……なんて言って洗濯物を干しにいく母。

こっちの台詞だよバカ!!




大学に到着してからもどこか上の空で、友達にも心配されて。

空いた時間に覚悟を決めて健介からのLINEを開いてみると、やはり昨日のことを謝ってきている文で埋めつくされていて、一番新しい着信履歴にはわざわざ伝言まで入っていた。


少しだけ震えた手で再生ボタンを押す。


『……もしもし。昨日は、……言いすぎた、ごめん。LINE、読んでねぇみたいだったから電話したけど……。……また連絡する』


そうして20秒もない伝言は終了した。


「……私達、なにやってんだろ」



無機質な終了音声を聞きながら、一人ぽつりと呟いた──。



 


戻る



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -