東京から秋田まで新幹線で約4時間。
こんな時間に、しかも制服のまま来てしまったから少し肌寒い。
こちらでは見慣れない制服のせいか通行人にチラチラと見られている気がする。鬱陶しい。
ひとまずちえと親に無事に着いたことをメールし(もちろん親には怒叱られた)、健介にも、連絡しなければと思う。
いきなり電話して、今秋田にいるよって言って、会いたいって言ったらどういう反応が返ってくるんだろう。
驚く?喜ぶ?それとも、呆れられる?
驚くことは間違いないけど、喜んでくれるのかはすごく微妙だ。もしかして、このまま呆れられて、別れよう、ってなったらどうしよう。死にたいかも。
そう思っていると携帯に着信が入る。
『福井健介』
うそ、だ。
タイミング良すぎて逆に笑う。
「もっ、もしもし」
『あー、俺。今、電話大丈夫?』
「だっ、大丈夫!私も今電話しようと思ってて……」
部活終わって、電話してくれたのかな。
めずらしいな。いつもお互いが家にいるときにしか電話してこないのに。
なんか、変な感じ。
周りの音が少しざわついているから帰り道なのかもしれない。本当、なんでこんなタイミングで電話くれたんだろう。気になる。
けど、そんなことよりも、「秋田にいるよ」って、「会いたい」って、言わなきゃ。
「あっ、あのさ、実はね……!」
『こっち、まだちょっと寒ぃだろ』
「え?う、うん……寒い……」
──あれ?
今、言葉になんか変な感じが……。
『そんな格好のままで来たら寒いに決まってんだろ。あとスカート短すぎ』
「………!」
『いくら人がたくさんいるからって、駅周辺は不審者だって多いし、ヤカラだって絡んでくるし、ほんと自覚持ってよ、マジで』
手が、震えだした。
でもこれは、寒さなんかのせいじゃなくて──。
「今……どこにいるの」
『俺?…………分かれよ、』
──お前の目の前。
サァ……っと風が吹いて、私の髪がなびいて、目の先にはガードレールに寄りかかった健介がいて。
いつもの私だったら、ドラマかよ、ってツッコんでいたかもしれないけど。
「なんで……いるの」
『それはこっちのセリフ。ていうか、目の前にいるんだから電話越しじゃなくてさ、近くに来て、直接、声聞かせてくんね?』
通話中にしたままの携帯をギュッと握り締め、一目散に目の前にいる彼に向かって走り出す。
人にぶつからないように走るなんて東京に住んでいる私からしたら容易いものだ。たかだか10メートルもない距離を全力で走るなんて馬鹿げてる?
でもだって、しょうがないじゃない?
大好きな人が目の前にいて、少し手を擦り合わせながら私のことを待っているんだから。
「けんすけっ……!!」
思いっきり抱き着くと、「ぅ、ぐぉっ…!」なんて呻き声を上げて、でもしっかりと私を抱き締め返してくれる。
あったかい。健介だ。本物の健介だ。
「……お前さ、来るなら連絡ぐらいしろって」
私の頭を優しく撫でながら健介は言う。
「あはっ、だって衝動的だったんだもん」
「いや、笑いごとじゃねぇべ?池田からこっち来るって聞いたときはマジで焦ったから」
「あーあ。やっぱちえ言ったかぁ」と、少しだけ不貞腐れた顔をしたら「ちったぁ反省しろ」と頭を小突かれた。痛い。
けど、いつもなら文句が出てしまうようなことでも、全部が嬉しい。
たぶん私、今ものすごくだらしない顔してるかも。恥ずかしい。でも、嬉しい。
駅から少しだけ移動して、誰もいない公園に来た。
健介が貸してくれた上着を着て、変にドキドキしながら二人でベンチに座る。さっきまで繋いでいたはずの手は、今は離されている。もう一度繋いでほしい。
何から切り出せばいいのか、どこから切り出せばいいのか分からなくて、自分の足下を見ながら必死に頭を働かせる。
(まずは、ここに来た理由でしょ……。それから、自分が今まで思ってたことを言って、そのあとに健介が思ってることを聞いて……)
「寒いか?」
「え? や、健介の上着のおかげで寒くないよ」
「ふーん……。俺はちょっと寒い。から、もっとこっち来て」
「あ、え、」
私の返事も聞かぬまま、ぐいっと体を引き寄せられ、そのまま肩を抱かれた状態になる。
私の方は、健介の近さと、久々の再会ということでむしろ熱いぐらいだった。
はぁ、という健介の吐息が耳のすぐ近くで聞こえるもんだから目眩を起こしそうで。
「……で、なんかあったのか」
「……別になんかあったわけじゃないけど」
ちょっとだけムキになった口調になってしまう。
落ち着け、私。
大腿の上で作っていた握り拳にさらに力を入れ、息を吐き出す。
「……しかった、の」
「あ?」
「だからっ……!寂しかったの!」
夜の公園に私の声が響き渡る。
少し声が大きかったかもしれない。健介だけに聞こえていればいいだけなのに。コントロールがうまく出来ていない証拠だ。
「メ、メールも電話も毎日してるわけじゃないし、付き合ってから会ったのだって一回だけだし、でもその一回もそんなに長い時間じゃなかったし、」
「………」
「お互い学生だからお金もそんなにあるわけじゃないし、だから頻繁に会えないのはしょうがないって思うけど……。けどやっぱ、やっぱ……っ……寂しい、よ」
今まで言えなかった思いを、全て吐き出す。
他にも、今度こっちに来たときに行きたい所や、二人で遠出したい場所、なんでもいいからお揃いの物が欲しいこと──特に、健介がピアスを開けたときにお揃いのピアスを付けたいことなど。
言い出したら思いの外止まらなくて。
言い切ったあとに、少しだけ涙が出た。
「だから、会いにきた。あとこれが、私が今思ってること……です」
健介は……?と恐る恐る顔を覗き込む。
すると直ぐ様、彼は自身の大きな手で私の顔を覆う。「ちょ、顔、くずれる」って言ったのに全然退かしてくれなくて。
ちらっと彼の指の隙間から見えたのは、自分の顔も覆っている彼。「それは反則だろ……」なんて呟きが聞こえたけど、よく意味が分からない。
そして健介が話し出す。
「名前が、俺のことどんな奴に見えてたか分かんねぇけど、」
私の顔を覆っていた大きな手は、次に私の手を握る。やっぱり、男の子の手だ。
「俺だって寂しいし、出来るなら同じ学校で、同じクラスで、毎日会いたい。試合とか出来るだけ見に来て欲しいし、応援して欲しい。まぁ、敵校になるけど……。んで、メールとか電話越しでもいいけど、やっぱりこうやって直接顔見て話したい。俺も口下手な方だからいろいろとうまく言えねぇけど。でも、名前を好きな気持ちは1ミリも減ってねぇから。むしろ、こうやって俺を喜ばせることしかしてないからいい意味で対応に困る。心臓、ちょっとしんどいわ」
握っていた私の手を、そのまま自身の心臓辺りに導く。鼓動が速い。
「待って健介。私も、心臓、しんどい」
「よっしゃ、おそろい」
ははっ、と笑う彼が愛しい。
あぁ、愛しい、愛しい。想いが溢れる。
健介が私を見つめている。私も彼を見つめている。
「泣くなよ、バカ」
「泣いてないわ、アホ」
つまらないじゃれあいをして、健介が私の頬に流れた涙を拭う。そのまま優しく頬を撫でられ、だんだんと顔の距離が近くなる。お互いの息が触れ合う。
直前、
「名前、」と名前を呼ばれ、かすれた声で「な、に」と返事をする。
──好きだ。
そうして触れた彼の唇は、少し震えていて、少し湿っていた気がする。
顔を傾けたときに少しだけ目を開けると、健介の瞼と、その奥にぼんやりと丸い月が浮かんでいるのが目に入る。
今夜は月が綺麗に見えるなぁ、と、柄にもなく思いながら、私は再びそっと目を閉じた。