その頃名前の方は、中盤になかなか混んだものの客の引きが早かったのもあり、ラストまでだと思っていたものが23時頃には上がらせてもらえた。


(あー、疲れた、けど、これがお金になるんだからバイト様様だ)


なんて呑気に思いながら着替えを済ませ、「お先に失礼しまーす、お疲れ様です」とバイトのメンバーに声を掛け帰っていった。


自宅に帰ると、家の前で誰かがしゃがんでいるように見える。


(え? こんな時間に誰? 酔っぱらい? 不審者とかまじ無理なんですけど……)


と思いながら近付いていくと、「……お疲れ」と声を掛けられた。


不審者の正体は健介だった。



「こんなとこでなにしてんの……」

「帰ってくるの待ってた」

「……意味分かんない。とりあえず家入りなよ」


そう言うと、「夜遅くに悪ぃな……。お邪魔します」と言って私よりも大きな背を丸めて入ってくる。
「先に部屋行ってて」と言って自分は台所へ。



「ただいまー。健介来たからよろしく」

「あら、よかったわね。なんなら泊まっていきなさいね。お母さんもう寝るから」


おやすみ〜、と言って母は自分達の寝室へと入っていった。父はすでに就寝中だ。






適当な飲み物を持ち、二階へ上がる。

正直こんな時間に来るなんて思っていなかった。私バイト終わりだし、化粧とかも落ちかけだし、汗臭くないかな……。すんすんと臭いを嗅ぐが全然わかんない。
制汗スプレーは着替えたときに嫌というほどかけたけど絶対臭い。とりあえず部屋でまたスプレーしよ。
「入るよ」と一声掛けてから部屋に戻ると、彼はテレビも付けず、座ってジっと待っていた。

テレビくらい見てればいいのに。

ああ、そうか。私達ケンカしてたんだった。

健介から少し離れた所へ自分も座り、持ってきたジュースを黙って手渡す。「悪い」と言って受け取ったがすぐには飲まないようだった。



私から話しかけるか、向こうが何か言ってくるのを待つか──。



そんなことを考えている間に、彼は自分の上着のポケットをあさり、そこから可愛らしくラッピングされた小さな小袋を取り出し、「ん、」と渡してきた。



「……なにこれ」

「……中、見ればわかる」


不器用な言い方に、なによ……と思いつつも紐を解くと、小さなメッセージカードと片耳用のピアスが一つ。


……これ、私が前に一緒につけたいって言ってたアクセサリーブランドのピアスじゃん。値段がちょっと高いから、お互いお金貯めてから一緒に買いに行こうって言ってたよね。

私がソレを見つめている間、彼は恥ずかしいのかずっと下を向いていた。

一緒に入っていたメッセージカードを見てみると、中には一言、




愛 し て る >氛氓ニ。




鼻がツンとして、泣きそうになった。




「……っ……これっ、前に一緒に買いに行こうって言ってたやつ…っ……」

「……今日、記念日だろ。一緒に居れなくて悪かった。……俺もつけてる」


そう言って彼は自身の左耳を見せてくる。



『ピアスを着ける際、男性は左耳、女性は右耳へと着ける』



ネットでそういう風に書かれていて、お互い「へ〜。知らなかったね」となったことを覚えている。



「……昨日は、勢いで嫌いなんて言っちまったけど、嘘、だから。本当はそんなこと全然思ってない。そりゃ……、たまにムカつくことだってあるし、なんだよ、ってなったりするけど。でもそれが、お前なりの愛情表現だって分かってるし。あっ、愛してるとか……あんま言えねぇけど……。でも、こんな俺でもいいならこれからも一緒にいてほしい。お前に側にいてほしい」


そうやって彼はまた私を泣かすんだ。


ぐずぐずと鼻をすすって、「ピアスつけてっ……」と、またわがままを言う。
「じゃあこっち来いよ」って言いながらも、なんだかんだ健介から側に来てくれることを知ってる。


「右耳出せよ。どれ外す?これ?」
「……ちがう、こっち」
「消毒液とティッシュ、貸して」
「んっ」
「………ぅしっ。出来たぞ」



鏡で見てみると、私の右耳には健介とお揃いのピアスが光っていた。かわいい。


そのまま頬っぺたをぐにぐにとされて、今しがたピアスをつけたところに、チュッとキスをされる。そのままじゃれあうように至るところへキスをされて、最後にもう一度右耳へ。

ムッとしながら、「なんで口にはしてくれないの」と聞くと、「さっきの答え聞いてねぇ。……これからも側にいてくれるんなら、名前からキスして」だって。


私がなんて答えるか分かってるくせに。
健介だって、変なところでわがままで、意地悪で、そして甘えん坊だ。


顔を寄せて、触れるだけの短いキス。

ちょっと物足りない、って顔がかわいい。


「しょうがないから側にいてあげる。でもたまには直接愛してるって言ってね?」

「っ! ……、言える雰囲気だったらな」

「ふーん……。ならそういう雰囲気にしてあげる」


えいっ、と彼を押し倒し、自分もそのまま上に乗っかる。近くにあったクッションを引き寄せ、健介の頭の下へ。

そのままギュッと抱き着き離れない。

今日の私は少しだけ大胆みたいだ。


「嫌いって言われて傷付いたー」
「……悪かった」
「女の子にどこ触られたの」
「どこも……あ、……」
「ど・こ、触られたの」
「……って言っても少しだけ肩つつかれたぐらいだって」
「ふーん。その女ぶん殴る」
「(……怖いわ)……もうそんな奴の話なんかやめようぜ」
「んー、それもそうだね」


彼の前髪を掻き上げ、おでこにキスをする。

(健介はいつも前髪を下ろしてるから、彼のおでこを間近で見れたり触れたり出来るのは彼女の私の特権なのだ!)


私の背中に手を回し、ツツ……と背骨を撫でる手が厭らしい。
そしてブラジャーのホック辺りまで触りだす。


「むむっ。エッチー、スケベ、ワンタッチー」
「? なにそれ」
「知らない?」
「知らね」


なんだかんだで彼に甘い私。

「ベッドいく?」って聞いたら、ソッコーで「いく」だって。ほんとスケベだ。

じゃれ合いながらベッドに寝転がり、今度は私が下になる番。

すぐに唇に噛み付いてきて、何度も何度も角度を変えて唇を重ね合わせる。息が苦しいよ。


でも、今ならちゃんと答えてくれるかな。

期待を込めて聞いてみようか。


「ねえ、」

「ん?」

「私のこと、好き?」

「……聞きてぇの?」

「うん」


彼は私の耳に顔を近付けてこう言ったの。




──愛してるよ。






(彼からのI love you≠ヘたくさんの意味が込められていたのであった!)



 


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