一度家に帰りバイトへ行く準備をして家を出た。

自宅から原付で15分もかからないバイト先へ到着。出勤時間までにはまだ30分以上もあるし、小腹も空いていたので賄いでも食べようかな。シフト表も確認したけどメンバーも悪くなかったし、普通に頑張れそう。

彼からの連絡は特になく、どうせ今頃サークルの先輩や女の子達と楽しんでいるんだろうなと少し卑屈になる自分が嫌だった。

せっかく美味しいご飯を頂いたのに、もやもやとムカムカが一緒になって、全てを一気に吐き出したい気分に駆られる。
お茶をごくごくと飲み干し「ぷはっ」と一息つくと同時に控え室に店長がやって来て、「悪い、ちょっと忙しくなってきたから少し早めに入ってもらえる?」と。
「了解でーす」と返事をし、携帯はロッカーの中へ。


さあ、働きモードに切り替えなきゃ。

例え仕事だろうと楽しんだもん勝ちだ!




***




一方その頃福井の方はと言えば、気乗りしない飲み会でノンアルコールばかりを頼み、なんとか先輩達の無茶ブリに応えていた。


「おい〜、福井飲めよ〜! 俺らの奢りだぞ〜!」

「いや、最近飲み会ばっかで胃荒れてて。ちょっと今日は勘弁して欲しいッス」


まあ、嘘だけどな、と心の中で苦笑い。

いつもなら楽しいと思えることなのに、やはり名前のことが気になってそれどころじゃなかった。
目の前で、やたらはしゃいで女の気を引こうとしている先輩も、隣にいる女も、ただただうるさくて癇に障る。


今頃あいつはバイトか……と思いながら、大して美味くもない料理に箸を伸ばす。


すると隣から、「あ、健介くん! それ私が取ってあげるよ〜!」と不親切極まりない言葉が聞こえた。

別に自分で取れる距離だからいいっつーの。

「はい、どーぞ!」と言って渡され、しぶしぶ「……サンキューな」とお礼を言う。


「ところで健介くんはぁ、好きな女の子のタイプってどんな感じぃ?」


今しがた料理を(勝手に)とってくれた女が俺に聞いてきた。
この人名前なんだったっけ。忘れた。


「……あー、好きになった奴がタイプ」


と答えると、「なにそれぇ、答えになってなぁーい!」と笑って肩をつついてくる。


やめろ、気安く触んな。


若干イライラしつつも、顔には出さないよう必死に作り笑いで対応する。


「もう〜! じゃあさ、単刀直入に聞いちゃうけど! 今って彼女いるの? まあ、いてもいなくても、私、立候補したいかも」


少し上目遣いをしながらありえない言葉を吐いた女に乗っかるように、反対側に座っている先輩がニヤニヤしながらこっちを見て、「ヒューヒュー! 福井くんモテモテだねぇ!」なんて言ってくる。
軽く殺意が沸いた。



──彼女? いるに決まってんだろ。
お前なんかより何倍もいい彼女が。



………そうだ。名前っていう彼女がいながら、俺、なんでこんなとこにいんだろ。
今日は二人の記念日で、本当だったら今頃アイツと二人でご飯を食べてる筈で。

なのに俺ときたら、こんな楽しくもない集まり参加して、知らない女に言い寄られて。
……マジで馬鹿だったわ。


「……彼女いるよ。すげー大好きな」

「えっ?」

「ちょっとトイレ行ってくる」


真顔でそう答えて財布と携帯を持ち、近くにいた別の先輩に、「すいません、体調悪いんで帰ります。多分これで足りると思うんで」と耳打ちし、お金を渡して店を出た。



そうだ、大馬鹿だ俺は。


名前の言葉をきちんと聞きもしないで。
アイツなりの精一杯の愛情表現を勝手にわがままだととらえて、それに対してひどい言葉を吐いた。
嘘でも嫌い≠ネんて、アイツに言う言葉じゃなかった。

だっていつだって俺は、それとは反対のことを思ってる。

今まで何度か小さいケンカもしたけど、そこにはいつだって愛≠ェあったんだ。



ほんと、俺はとんだ大馬鹿野郎だ。




 


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