「……悪かった」
「………」
ありえない場面に出くわしてから、およそ30分が経っただろうか。
あのあとすぐ、私はやけに冷静な態度で女を追い出し(向こうの女はかなりビビっていた)、ダイニングテーブルの椅子に足を組みながら座り、正座して俯いている彼を冷めた目で見つめていた。
「……とりあえずさ、謝る前に服着ようか」
「……はい」
そう言って、いそいそと服を着る彼がすごく哀れに思えた。
さっきまであんなに大好きだった筈なのに、今ではもう路頭に迷って死んでしまえばいいのに、とさえ思っている。
まあ、エリート階級を歩んできた彼だから、そんなことは絶対にありえないんだろうけど。
「……で?何か言い訳があるなら最初に聞きますけど」
「………」
「特に無いんだ」
「……あぁ」
「分かりました。では、ここにあるあなたのモノは、後日あらためて郵送で送りますね。あと、あなた方が汚したであろうシーツ、これは本日お持ち帰りください。あとは……」
「………名前っ、」
「なに」
「悪かった……!俺が全部悪い……!だから……っ…!」
……だから、なんだろう。
この期に及んで別れないでくれ、とでも言うのだろうか。それともあの子には手を出さないでくれ、とか?
「だから、なに」
「かっ、会社で言いふらしたりっ……しないでくれないか……?慰謝料でも何でも、お金なら出すかっ……」
───パンッッ!!!
頭の中でナニかが切れた。
もうこんな奴、いっそ私の手で消してやろうかと思った。
椅子から立ち上がった拍子でガタッと大きな音が鳴る。体が震え、彼の頬を叩いた右手がジンジンと痛む。今彼を叩いたこの右手にさえも虫唾が走る。
「……っざけないで……!!何を言うかと思ったら!結局あなたが気になるのは世間体ってわけ!?……じゃあ聞くけど!あなたにとって私と過ごしたこの三年間ってなんだったの?私の存在ってなんだったの……!?」
「………っ…」
「なんであなたが辛そうな顔してんの?辛いのは私だよね……?あなたに浮気されてた……っ、私だよね……!?」
泣きたくない。こんな奴の前で涙なんか流したくない。でも私には、感情のコントロールなんて出来やしない。悔しい。悔しい悔しい悔しい。
「もういい、出てって。言いふらしたりしません。もう二度と関わりたくもありません。今まで、ありがとうございました」
「……名前……っ…」
──悪かった。
そう呟いた彼は、静かに帰っていった。
「……謝るくらいなら……最初からすんじゃねえよクソ野郎…っ…!」
そう叫んで、私は家を飛び出した。
あの男と女がいた部屋なんて居たくなかった。
一刻も早く、あの出来事を忘れたかった。