やった、やっと終わった。


出張を終え、キャリーケースをゴロゴロと引き、新幹線乗り場への改札口を急ぎ足で通る。帰りの新幹線は予定していたものより2本早いものに乗れそうで、早く早くと自分が乗る新幹線の到着を待った。

携帯を取り出して、何か連絡が来ていないかと確認する。LINE画面を開くが彼からの連絡は特になく、10分ほど前にやり取りしたLINEを再度見つめる。


『駅に着きそうになったら連絡してね。迎えに行くから』


愛しい彼からの文章を見て、あと少し待っててね、と心の中で呟く。

おそらく私のマンションでテレビでも見ながら待ってくれているであろう彼は、私が2本も早い新幹線に乗ることを知らない。私なりのサプライズで、突然帰って驚かしてやろう作戦である。


電話して、今から帰るよ! と言いたい気持ちを押さえて、私は18時25分発の新幹線に乗り込んだ。




***




時刻は20時44分。

目的の駅に到着し、タクシー乗り場へ急いだ。平日のおかげか、乗り場には2、3人しかおらず、タクシーもお客さんを待ちわびているかの様にずらりと並んでいて、今ならどんなに遠くでも運んでやるよと言っているように思えた。

自分の番がきて、キャリーケースをトランクに乗せてもらい、目的地を告げる。


「3丁目の○○マンションまでお願いします」


再びLINE画面を開き、『今から新幹線乗ります』と嘘の文章を送る。すぐに既読文字が付き、『分かったよ。気をつけてね』と可愛らしいスタンプがぽん、と送られてきた。たまに送ってくるこの意味不明なスタンプでさえ、彼からの贈り物だと思えば愛しいと思ってしまう。

「では、発車しまぁす」と間延びした声で言われ、自宅までの約20分間の道のりを(早く着け、早く着け)と念じながら、私はそのまま目を閉じた。




あっという間に自宅に着き、料金を支払ってお礼を言い、マンションのエントランスくぐる。ここまで来てしまえばキャリーケースの重さなんてなんてことはない。むしろ、スキップしながら引いてもいいぐらいだ。

部屋の明かりが付いていたので、どこかに出掛けているようでもない。入れ違いにならなくて良かった。

エレベーターに乗り込み3階のボタンを押す。すぐに、『3階です』というアナウンスが流れ、(分かってるから早く扉開けて)と勝手なことを思う。扉が開き、通路では出来るだけ音を立てないようにキャリーを持って歩く。自宅のドアの前に立ち、鍵穴にそーっと鍵を差し込む。まるで合鍵を使って盗みに入るような感覚がしてドキドキする。こういうときに、鈴のように音が鳴るストラップを付けていなくてよかったと思う。


(びっくりするかな、するよね)


なんてったって彼の中の私は、今はまだ新幹線に揺られているんだから。

そーっとドアを開いてから素早く体を中にすべり込ませる。



ああ、もう、ドキドキする。

早く会って、抱き締めてもらいたい。

約ニ週間会えなかった分、今日は一晩中ベッドの中でイチャイチャしよう。



そう思って靴を脱ごうとした時に、端に見慣れない靴があった。

可愛らしくて薄いピンク色で、でもやたらヒールの高い、女物の靴。


「……なにこれ」


まず私は、こんな歩きにくそうな靴を持っていないし、例えこれが私へのプレゼントだとしても私に似合うような雰囲気じゃない。それに、私が一番嫌いな色はピンクだと、彼も知っているはずだ。

リビングに繋がるドアは閉じられていて、玄関からじゃ中の様子は窺えない。

一先ず中に入ろうと静かに靴を脱ぎ、一歩踏み出す。その瞬間、私が絶対につけないような甘ったるい香水の匂いがした。そしてリビングからは、恐らく彼からは発せられないだろう可愛らしい笑い声と、私の大好きな、彼の低い笑い声が聞こえてきた。



ねえ、待って。誰といるの?


あなた、テレビに向かって、一人で喋るような人じゃなかったよね?



嫌な予感しかしなくて、心臓がドクンドクンと鳴っている。体中の何かがゾワゾワと逆立ち、首もとがやけにスースーする。心なしか喉も渇ききっている。先程まで軽快に動いていた足が突然重りを付けられたかのように動かなくなる。


もう何かを気にする余裕は、多分ない。


足音など何も考えず、思いっきりリビングのドアを開けた、ら。



「………は?」



私のベッドの上には、知らない女が下着だけの姿で寝ていて。

私の彼も、上半身には何も纏っておらずジーパンだけを履いて、首にタオルを掛けた状態で座っていた。


「………」

「………」

「………」



……確かに、私は疲れていた。この出張のおかげで片付けておかなければならない事がたくさんあったし、この出張のせいで彼にも全然会えなかった。

頑張って早く終わらせて、2本も早い新幹線に乗って、彼をびっくりさせようと思って自分の家に帰ってきてみたらこれ? こんなに疲れて帰ってきたのに、そのご褒美がこれですか。なんなの? 私のこと馬鹿にしてんの?




誰かさ、誰でもいいから、



どうか、夢だと言ってよ。




 


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