───カランカラン




「いらっしゃいま……、あれ、名前ちゃん。出張から帰ってたんだね、おかえり」


そう言い、ふんわりと笑ったマスターを見て、突如ダムが崩壊したかのように一気に涙が溢れだした。


「わっ、どうしたの名前ちゃん……。ほら、こっち座って、ゆっくりね」


わざわざカウンターから出て来てくれたマスターは私の手を優しく引いて、ゆっくりと席に案内してくれた。「ほら、涙拭いて。可愛い顔が台無しだよ」と言って、温かいお絞りをくれた。その優しさにまた涙が溢れてくる。


「〜〜……っマ、マスタぁ〜……!!……うわっ、浮気されてたぁ……!うわぁぁぁん……!!!」


子供のように大声で泣きじゃくり、ひっくひっくと喉を鳴らす。「……今日は好きなだけ飲んでいっていいからね。僕の奢りだ」と、私がいつも注文するカクテルを、そっとテーブルの上に出してくれた。


それからはずっとマスターに話を聞いてもらい、普段飲まないようなお酒にまで手を出した。とにかく飲んで、今日あったこと、そして過去の思い出を忘れたかった。幸いにも、明日・明後日と休みをもらっているので酔いつぶれても問題はない。マスターには迷惑をかけてしまうかもしれないけど、今日だけはどうか許してほしい。


「今日はもうクローズにしようかな、お客さんもほぼいないし。……名前ちゃんは好きなだけいていいからね」
「…っ……、ありがとうございます……」


ぐずぐずと未だ泣き続けている私に気を遣って、マスターは少し早めにお店をクローズにしてくれた。

これからもマスターにはお世話になりそうだと思いながら、私は再び新しいカクテルを注文した。




***




───カランカラン



再び店のドアベルが鳴ったのは、日付が変わって少し経った頃だった。


今日は遅い時間の来店が多いなぁとのんびりと思いながらグラスを磨く。マスターは、申し訳ないと思いつつ、お客様に今日はもう閉店したことを伝えようと入り口に目を向ける。


「すみません、今日はもう閉店してしまって……って、あれ。健介君、今日はシフト入ってないよ?」
「お疲れ様です。いや、近くまで来たんで、ちょっと飲んで帰ろうかと思って……。めずらしいですね、こんな早い時間にクローズするなんて」
「うん、お客さんの入りももう少なかったし。それに、久々に常連のお客様が見えたから」


ちらっ、とカウンターにうずくまっている女性を見る。顔がよく見えないのでなんとも言えないが、恐らく平日の早い時間によく来ている人なんだろうと思う。休日の夜にもくる人だったら多少見たことがあったかもしれないが、雰囲気的に俺の記憶の中では初めて見る人だった。


少し間を開けて、俺もカウンター席に座る。


「いつものでいい?」
「はい、大丈夫ッス」


シャカシャカとシェイカーを振り、「お待たせ」と、俺がよく飲んでいるカクテルを出してくれた。

いつ見てもマスターがお酒を作る動作は滑らかで、動きに無駄が無い。男の俺でもつい見惚れてしまうぐらいだ。ここで働かせてもらってから大分経つが、やはり経験の長さがモノをいう、ということを実感する。


「あ、健介君ごめん。ちょっと裏の倉庫に行ってきていいかな?お客さんも、もうその方だけだから」
「全然大丈夫ッス。なんか手伝えることあったら言ってくださいね」
「ありがとう、じゃあちょっとよろしくね」


そう言ってマスターはサロンを外し、裏の倉庫に消えていった。


「(さて、と。次の曲のイメージでも書き起こすか……)」


先程からうずくまっている女性を気にしつつも、バッグからペンを取り出し楽譜にいろいろと書き込んでいく。


 


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